一週間 | ナノ


 あれからどのくらい時間が経ったかわからない。殺戮狂の男(多分)の手下だろうひとがいきなりやってきて「なんとかさまが呼んでいます」とふたこと。なんとかさまってなんだっけ、覚えてないや。ザ…ザ?ザビエル?いやいやそんなあほな。ザンヌス?…ザヌスス?ああもうそれでいいやザヌススさまというひとがわたしを呼んでいるらしい。鉄格子にかけられていた南京錠をナイフで切って(ええええ切れた!)あろうことかわたしの襟首を掴んで手下に投げた。宙に浮いた感覚もするし足も痛いし生きた心地がしなかった。

 明らかに高級感の漂う扉をさも当たり前と言うように躊躇いなくあけた殺戮狂の男をついつい凝視してしまう。が、それは数秒もしないうちに遮断された。部屋の奥から一般ピープルのわたしでさえわかるほど無言の威圧。というより殺気。条件反射でその根源を見やってしまった。
 何のことばも出てこない。悲鳴に似た声をあげかけて口を開くが音になることはなかった。尋常じゃないほど目立つ傷痕も恐ろしいけれど何より赤い瞳が怖かった。いや怖いなんてものじゃない。このひとと比べたら殺戮狂の男なんてまだ可愛いものかもしれない。どちらも恐怖のかたまりだけれどこの赤目のザヌススさまは本気でやばい。わたしはこのひと直々に殺されるのだろうか。ザヌススさまは視線だけをわたしに寄越しついに死を覚悟する。


「苗字名前」

「!」


 紛れも無くわたしの、名前。思わず口を開いて赤と見つめ合った。ザヌススさまは口以外のパーツを一切動かさずわたしを射抜く。あまりの畏れに立っていられない。がたがたと震える足を叱咤してどうにかバランスを保つけれど精々もって数分というところだ。


「ここがどこだかわかるか」

「う、あ…い、イタリアですか」

「違え俺が聞きてえのはここがイタリアのどこにあるかだ」

「わわわわかりません!」


 空港に着くやいなや爆発に巻き込まれ意識のないまま投獄されていたのだ、ここがどこにあるのか知る術などない。でもあれだよね、たしかマフィアは存在を知られちゃまずいんだよね、それも仮面で隠すならともかく素顔だ。きっと口封じに殺される。ぼろぼろととうとう生理的な涙があふれる。こんなことになるなら日本に帰ったら食べようと特大バケツプリン保冷するんじゃなかった、留学に専念するために課題終わらせちゃうんじゃなかった、心残りはそんな下らないことばかり。


「失せろ」


 覚悟していたそのひとことは、死刑宣告ではなかった。死ねでも消えろでもなく失せろ。それはこの場から去れという警告。わたしがマフィアの関係者じゃないと証明されたらしい。殺戮狂の男が何やら驚いているが殺されずに済んでこれ以上ないくらい幸せな顔をしているであろうわたしの脳内には大したこととして残らなかった。

 今度は目隠しをされて車に放り込まれる。日本に帰れるのだ!イタリア留学なんてもうこりごりだ。いまはただ生きているというだけの歓喜で再び涙がとまらない。家に帰ったらマフィアに逢って(遭って)生き残れた自分へのご褒美にバケツプリンをもうひとつ作ってこれでもかというほどフルーツをのせてたべてやろう。


 しばらくして止まった車内で目隠しを外される。どうやら夜らしい。辺りは暗く建物には明かりが、


「空港!」


 監視としてか一緒に乗っていたひと達の中にあの殺戮狂の男はいなかった。だがそんなことを気にすることもなく車のドアを開き外に飛び出す。さてどうしよう、まずは日本行きのチケットを買って次の離陸時刻を調べ、て
 そこで思考はストップ。日本行きのチケットを買う?どの口がそんなことを言ったんだ。荷物は服と足の怪我以外持っていないわたしがどう国境を越える?金もパスポートもない。あの日イタリアについて投獄されたときもうすでに荷物などなかったのだ。つまりいまのわたしは完璧な流浪者もといホームレス!


「ままま待って行かないで!」


 絶望のなか発進しようとしたマフィアの黒塗りの車を無理矢理ひきとめ事情を説明しようとするが犯罪組織が一般人のわたしを相手にするわけもなくアクセルを再び踏もうとするドライバー。お願いします待ってくださいとガラスに涙でぐちゃぐちゃの顔を映すわたしは相手からしたらさも不気味だったことだろう。監視役としてついてきたひとりの個性的な髪型をした男性が何かを呟いて後ろのドアが開いた。神さまこれは何の恵みですか!


「早く乗りなさい」

「!」

「荷物無いんでしょ?」


 男なのに女口調だったのが気にかかったが神にそんな失礼なことを言えるわけもなくありがたく車に乗り込んだ。


 彼、いや彼女はルッスーリアさまと言うらしい。もうおかまだろうが変態だろうがどうでもいい。すでにわたしの中では神と位置付けられている。心優しいルッスーリアさまのおかげであのマフィアに世話してもらえるらしい(ルッスーリアさま何者!)、ただし幹部の監視のもとで。ボスの次に偉い幹部の方々に世話になるなんて恐れ多い、むしろ恐ろしいが今は寝床を確保することが最重要なので黙って案内された部屋に入る。ろくに部屋も見ずベッドに向かって一直線に進んだ後ふっかふかの布団に身を投げ出して深い眠りの世界へ旅立った。それをとてつもなく後悔することも知らず。

 人間窮地に立たされたらなにをするか分からない


太陽に抱かれて眠る火曜日



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