「だからやだったんだよ、おまえの世話」 「え?」 ひゅん、何かが横を過ぎ去る音がして背後の警備員は重力に負けた。俯いた顔をあげることが出来ない。そんな筈無い、こんなところにいる筈が無いのだ。なのに、なのにわたしの聴覚嗅覚視覚その総てが彼だと肯定する。そう、まるで 「ゆめ」 「王子の仕事増やすなよ、おまえのせいでオレジャッポーネに飛ばされたんだぜ」 「、べる」 「あ?」 「ゆめじゃない‥!」 飛びついた彼の背中に手をまわす。あたたかい。生きてる。ほんもの。ほんとうに、ほんとうに焦がれていたあなたなのだと。 「行くぜ」 「あ‥わ、わたし、警察に行かなきゃいけないんです。パスポート偽造したの、ばれちゃっ、て」 「バァカ、逃げんだよ」 帰んぜ、イタリアに。そう伸ばされた手を握ったのは、反射なんかじゃない。 自分が何より大切だった。自分が助かるのならほかの誰が損をしても構わない、と。だから今日わたしはあのひとの傍にいるために、自分の大切な家族を、自分の生まれ育ったこの街を、表社会で生きる権利を、棄てる。 |