「悲劇のヒロインでも気取ってるの?」 そうだったのかもしれない。 「幼少に両親が他界、後見人として預けられたのは意地悪な叔母の家。遺産は総て奪われその家の子供とは明らかな差別を受けて家事労働を押し付けられて。バイト出来る歳になって家を飛び出して年上の彼氏と同棲したはいいけど今度はその彼氏からDVされて、でも居場所がないから逃げられなくて。怪我がひどくて入院してそのせいでバイトも辞めざるを得なくて、貯金がなくなり彼氏は逆上してDVがさらに酷くなって。本当可哀相な人生だったと思うよ、世間的にはね。でも自惚れちゃあいけない、世の中には君より酷い境遇の人がごまんといるのだから」 とあるカラオケボックスの一室、テーブルを挟んで向かい合うこの男、一言で言うなら恐怖のかたまりである。 ネットで知り合った友人に自殺に哘われたのはついこの間、2・3日前だった。もう彼氏のところになんて帰りたくなくて二つ返事で了承したが、こんな男まで来ると知っていたらあの彼氏にしがみついてでも来なかっただろう。人間がすきだとか頭のおかしいことを言っているのはどうでもいい、この男、なぜ、わたしの生い立ちを知っているのか。 「反応が無いってことは図星なのかな?もしくは他のことでも考えてるのかな?それとも状況が把握できず、いや、把握したくなくて何も言えないのかな?」 「‥‥男、は、多少無口なほうがもてますよ」 「もうすぐ死ぬ君に言われたくないなあ。でもまさか君がカルピス飲めないだなんて思わなかったよ、おかげで薬を盛れなかったじゃないか」 そう、そうなのだ、この部屋にいる5人中、わたしと彼以外の3人全員がまるで死んだように眠りこけている。誰かに何かをされていた覚えは特になかったが、そうか、この男が飲み物に、カルピスに薬を仕込んでいたのか。 「飲めないわけじゃ、ありません。喉が渇いてなかったんです」 「運が悪かったなあ」 「それは、‥お気の毒でした」 「ああ俺じゃないよ。君が、だ」 「え、」 「人間に手をあげるのは趣味じゃあないけれど。まあ、仕方ないよねえ、放っておくわけにはいかないんだからさ」 抵抗は時間を稼いだだけで意味をなさず、頚椎に強い衝撃、そして視界はブラックアウト。 「ていう出会いだったよねえ、懐かしいな」 「わたしは最低な気分でした」 あの日逢って(遭って)しまったこの厄災折原臨也は新宿に拠点をおく、悪魔でさえ顔負けするほどの酷い性格をした情報屋である。出会ったのはちょうど1年前の今日だった。 「あの日臨也くんが奈倉を名乗って参加していなかったらわたしは死んでいたのかな」 「死にたいの?」 「昔は生きる意味が分からなかったから。でも今は、」 臨也くんといたいよ。 そう答えれば臨也くんは満足そうに笑って手にしていたコーヒーカップを口に運んだ。 「あ、そうだ」 「うん?」 「そろそろ籍でもいれようか」 「うん。‥‥‥うん!?」 素晴らしきかなこの世界 「な、なん、臨也くん!?」 「え、嫌?」 「嫌なんかじゃ!‥‥‥な、い、けども!い、意味解ってるの?籍、籍だよ、籍、籍!」 「君は俺を馬鹿にしてるの?籍の意味くらい知ってるよ」 「あ、う」 「こっちの言い方のほうがわかりやすいか。すきだよ、結婚しよう」 「‥‥ごめ、ちょっと、新羅くん呼んで、心臓がビッグバンしそううあああ」 |