「ねえあんたジャッポーネ?」 それが最初のコンタクト。長期休暇中、自分へのご褒美として貯金をはたいて行ったイタリアで、日本語で話し掛けられたのはこのときが初めてだった。 オレ日本に知り合いいんの。歯を見せて笑う彼の長い前髪の間からちらりとみえた双眸が酷く印象的だった。 そうなんですか。 こっちに修学旅行? いえ、ただのひとり旅です。 ガイドは? いません。 案内っつーことでオレとデートしようぜ。 ‥‥え? 「結局案内らしい案内はしてもらえなかったわね」 「まあオレもイタリア出身ってわけじゃねーし観光するために住んでたわけでもねーもんな」 「それはそうでしょうね、こんなお仕事されてたんだから」 一級ホテルの最上階、スイートルームのリビングで夜景をうしろに向き合うふたり。なんてロマンチック!あの頃のわたしなら間違いなくそう言っていた。そう、あの頃、なら。 男が女に突き付ける、最高に不似合いで最高に相応しいそれ。鈍く光る鋼鉄に反射するライトが眩しかった。 「恐くねーの?」 「どうして?」 「笑ってる」 「何を言うの?とても恐いわ、あなたも、こんな状況で笑える自分も」 「ししっ、いいねおまえ最高!」 カチリ。外されたセーフティーの音がわたしの脳内にエコーする。極上のスリルに押し潰されそう。 「今何時?」 「23時58分」 「あーもうそんな時間?」 「あら、不満?」 「さあね」 「わたしね、」 本当は気付いてたの。 そのときはじめて、彼の口角が下がった。 あの日あの瞬間、わたしの隣を歩く彼からかすかに薫る香りに気付いてしまった。香水に混じって鼻を通るそのにおいは、確かにわたしの大嫌いな緋色の液体。大嫌いなものに気付くなというほうが難しいでしょう? 「‥10秒」 「あなたがわたしを殺すために近付いたなんて知ってたのに、逃げられなかったわたしはただのばかなのかしらね」 引き金を、ひいた。 喜劇 「気付いてたなら」 逃げて逃げてオレの手の届かないところまで逃げてくれたら、追いかけなかったのに。 「‥‥‥馬鹿な女」 |