みじかい | ナノ



 しぬなよ、なんて言ったきみはほんとうに残酷なひと。これじゃあいつまで経ってもあんたのことなんて忘れられないじゃないか。


 鋭利な果物ナイフを袖にしまい込んで無駄に馬鹿でかいキッチンを出る。ぱたぱた、屋根にはねる雨が今は何より騒がしかった。なるべく足音をたてないようにいくつもの扉の前を通り過ぎて自室に飛び込み施錠する。安心した途端の過呼吸。咽に手をやり締め上げた。


「っは、」


 情けない。たかがナイフを持ち出すだけでこんなに取り乱すなんて。別に誰にばれたって構いやしないのに何だって緊張していたのだろう。ふと視線をやった袖からのぞいた尖端が心臓を大きく叩いた。

 脳裡に甦るのはあいつの顔でも声でもなくて鮮明な緋色。残像をのこす目が忌ま忌ましくて潰したくてたまらなくて。狂ったように叫ぶわたしを救ったあの男が誰より憎いだなんてくだらない戯事。


「‥う、あ、あああ!」


 ああ憎い。憎い。殺してしまいたくなるほどに。だけれどその本人はここにいない。もう一年も帰ってこない。わたしの胸に痼りついた、まま。3153万6千秒も痼りついた、まま。
 ほら、あんたのせいで今日もしねないまま、また1秒過ぎていく。


31536000


「‥ん、べる、いまから任務?」

「まーね、オレ天才だからさあ仕事いっぱい押し付けられんの。‥あ、そうだおまえ、」

 オレが帰ってくるまで、しぬなよ。



 それはわたしにとって死の宣告でしかないのだ。



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