知ってたんだよ、あんたがあの子を無意識にかまってしまう理由を。知ってたんだよ、あんたがあの子を殺さない理由を。でも言い出せなかった。言の葉にしたらもう後戻りできないとわかっていたから。もうわたしを視てくれなくなるとわかっていた、から 「腐ってる」 「なにがだ」 「‥ああ、なんでもない」 それだけ聞くと身を翻して扉に向かうそいつを視界の端にとらえた。ほら、また、あの子のところに行くんでしょう。そして殺さずに帰って来るんでしょう。ばかみたい、ばかみたいに不器用なひと。ばかみたいに弱い、ひと。 何年前だっただろう。わたしたちのからだに穴なんかあいてなくて、ああ、虚圏とかもしらなくて。あんたは覚えていなかった、虚なんかになる前のことなんて。ずっと傍にいたんだよ、わたしずっと隣にいたんだよ、わたしたちに生を与えた大人の手でふたりとも殺されるまで。いつからあんたはわたしを視界に入れなくなってしまったのですか 叫んだ。叫んでた。いつもの冷たいあんたなんか微塵も感じさせないほど、わたしの胸を何度も貫通する包丁を見てあんたは目を見開いた。瞬く間に緋色に染まる凶器をもつ「わたしたちを産んだ女」に殺気を放ったのがわかった。叫んだ。無我夢中で。朦朧とした意識のなか声が出たのかすら分からないなかで、必死に。気が付いたら、暗い、暗い、この世界にふたり寄り添って倒れてたんだ。 ねえ、人間。今だけはあんたが羨ましい。 間歇 忘れるはずがない。今でも耳に痼りついて離れないんだ。おまえが隣にいるとあのときの光景が甦る。もう二度と思い出したくなんかないから避ける、それだけのこと。愛する妹が緋色に染まる光景を、誰が好き好んで観たいものか。 「おにいちゃん、だいすき!」 ああ、耳鳴りがする。 |