いわ、ゆる、囮ってやつだ。違法取引で金持ちになったどっかの馬鹿なマフィアのボスが調子に乗って開くパーティーに潜入のち標的に接近、仲を深め気を赦させた一瞬の隙に殺害。女であるが故に課せられた任務。あの脂ぎったニキビ顔の中年に近付かなくてはならないなんてああ考えただけで吐き気がする。 1時間かけた完璧かつ艶麗なメイク、超高名ブランドのオーダーメイドドレス、予約無しでは出向けないサロンで整えたネイルとヘアアレンジ、エステ。ここまでめかし込むのは趣味じゃあないけれど今回の任務は男に見初められなきゃ意味が無いのだから仕様がない。小さい頃からコンプレックスだった大人びた顔とスタイルに今だけ感謝をしてやろう。 人、人、人。その数約五百。こんな腐ったパーティーによくここまで沢山の人間が集まったものだ、ため息さえ出ない。視界に入るほとんどが女だった。 裏社会の社交パーティー、それがこのパーティーのテーマである、表向きは。本当はこのマフィアのボスの愛人探しが目的であることを一体この場に居る何人が知っているだろう。 「きゃっ」 「おっと、」 ぱしゃん。ぶつかって落ちたグラスから勢いよく零れ相手の白いワイシャツを染めたシャンパーニュ。斜め後ろに付き添っていた部下らしき男が驚いて近寄る。失態?とんでもない、なぜならこの男が 「ごめんなさい紳士様!わたくしったらなんてことを‥今お拭きいたします」 ミニタオルを取り出して拭き始めるわたしを凝視したままの今回の標的は無駄にスキンシップの多いことを誘いと受け取ったのか顔がにやける。決して気持ちの良いものではない。出来ることなら今すぐ蹴り飛ばして事切れさせたい! 「お嬢さん、わたしなら大丈夫だ。だが服を替えなければならない、お嬢さんが選んでくれないか」 「はい、そんなことで良ければいつでも」 「こっちだ」 そのまま流れで部屋に連れていかれ事故を装ってベッドへ押し倒される。ああ重い痛い気持ち悪い最悪、はやく終わってしまえば良いのに。全裸になった標的相手に適当に感じて適当に喘いで、ついに標的がわたしの中で果てる瞬間、いきなり視界が緋色に染まる。直後にとらえたあざやかな金色にすべてを悟った。 「ベル」 「馬っ鹿簡単に股開くんじゃねーよ」 「任務、だし」 「お前が女の武器を使わなくてもオレが代わりにやるっつの」 「だってベル二週間くらいいなかったでしょう!わたしだって嫌だった、やりたくなんてなかった!でもボスの頼みだしヴァリアーに女はわたししかいないしやるしか、っ」 強引に唇を奪われ舌を搦め捕られる。あまりの烈しさに酸欠になりつつ零れた唾液を指で拭われれば、憤りが簡単に消えゆく感覚に溺れる。ベル。ベル、ベル。五感を侵す彼がわたしのいちばん求めていたものであると再確認するかのように抱きしめた。 「ん、あ」 「むっかつく、オレ以外の人間がお前に触れるとかあっりえねー」 ただ純粋な独占欲。それを嫌うわたしが唯一受け入れられる束縛。ああどうしてこんなにも愛しいのだろう。自分と同じ成分割合でできた生体を、どうしてこんなにも愛せるのだろう。下らない問いに答えなど返ってくるはずもなく、ひたすら快感に身を委ねた。 「無事ですかボス!」 「ボ す、うぐ」 突如として乱暴に開いた扉の直線上に横たわる男の姿に群がる人間を、まるで鬱陶しいとでも言うような表情で切り裂く彼に見惚れていた。何ひとつ無駄のないその動きは、一瞬にしてわたしを虜にする。 ねえベル、もしわたしがあなたに殺してくれと懇願したのなら、今みたいに手際良く殺めてくれるのでしょうか 「いいぜ、オレを殺してくれんならお前を殺してやるよ」 わたしが殺せるわけない、なんて、知ってたんでしょう |