みじかい | ナノ



 ある日見た辞書に載っていた単語がひどく気にかかった。「自由」。他から強制や命令をうけることなく自分の思いどおりにできること。意味が解らない。きっといまわたしが「自由」の状態になったとしても何をすれば良いかわからなくてただ惑うだけだろう。それならばそんなもの、いらない。時間が無駄に過ぎるだけ。

 言われた通りに弾いたピアノを褒められたのが嬉しかった。言われた通りに励んだ勉学で満点を取り褒められたのが嬉しかった。さすがわたしたちの子だ、ただそのひとことを聞きたくて。


「母様、」

 ねえ、何故、何も言ってくださらないのですか。ちゃんと最後まで間違えずに弾き終えることが出来たのに何故褒めてくださらないのですか。首を緋色に染め目を暝り微動だにしない母様のお手に触れる。冷たかった。

「母様?」

 寝てしまわれたのだろうか。傍らの寝台に横たわらせ布団をかけて差し上げる。また明日聴いて頂けば良い。おやすみなさいませ母様、熱の失われた頬に接吻をしそう言い残して母様の寝室を出た。


「お前さあ」


 不意に聞こえた聞き慣れない声に見上げれば吹き抜けた上階から見下ろす人影。見たことのない金色に思わず見惚れる。返事をすることさえ忘れその場から動けなかった。
 かつ。妙に静かな屋敷に響くその音源を見れば壁に突き刺さる刃物が見えた。


「可哀相な奴だね」

「可哀相、」

「ん」


 可哀相。相手の不幸な状態に同情する感情のことだった気がする。何故彼はわたしに可哀相という感情を持つのか。わたしは決して不幸というものではないのに。


「オレがお前に自由をやるよ」

「‥じゆ、?」

「ちなみに拒否権はなしな」


 ぐいと強く引かれた腕が感じたことのないくらい熱くて、珍しく母様と父様の叱咤も聞こえることもなく。初めて見た外の景色に感動したのを覚えている。


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