みじかい | ナノ



「あなたはなぜわらうのですか」


 ひどく驚いた表情をしていた。そしてわらった。わたしが躊躇いなく真顔で問うたからかもしれない。あなたの下について数十年、その真意がわかったことは一度だってない。


「面白いこときくんやね、愉しいからに決まっとるやないの」

「死神の愚かさがですか」

「ええの 隊長を前にしてそないなこと言うて」

「市丸隊長ですから」


 そうくすりと笑うとわらい返してくれる隊長の机に書類をのせる。その紙束に眉根を寄せる彼を艶めかしいと思ってしまったのは秘密だ。難儀やなあと言いながら書類を手に取り流れるよう処理していった。


「なあ」

「はい」

「もしボクが、」


 時間が止まった 気がした。それは本当に比喩的表現で実際はわたしなんかのために時間がとまることはないのだけれど、まさに世界が停止したかのような静寂にそれ以外の表現が思い付かない。
 何を言い出すのだ。心臓が大袈裟に鼓動する。いつものはりつけたような顔でわらう隊長は書類の上を走らせる筆の速度を微塵も変えず言い放った。それが真剣なときの隊長の癖だと知っていて、だから冗談だと思いたかった。自嘲が、こぼれた。


「消えたら」


 ああ、どこかへ行ってしまわれるのか。脳の半分が焦るそばでもう半分の脳はいやというほど冷静だった。隊長が消えたら なんて、選択肢はひとつ。迷いはない。
 紙の上を忙しなく行き来する自身の筆を他人事のように眺めてから席をたつ。閉じられた扉を引き開けて息をひとつ。さらさらと聞こえる筆の音が心地好い。


「心配なさらなくても殺めてさし上げます」

「ひゃあ」

「あなたの瞳に映るのがわたしでなくなるのならば例えあなたに嫌われようと」

「言うなあ」

「言っておきますが隊長」


 そうやすやすとわたしは愛しいひとを逃がしはしません。扉を閉めるのと同時に言葉を放った後、扉の向こうで隊長が至極愉しそうに笑ったのをわたしは知らない。


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