「おはよ、元気そうだね!」 「…おはようございます、自己の体調位管理できますから」 後ろから肩を叩かれ、昨日の笑顔が現れる。一瞬誰だか思い出せなかったが、頭をフル回転させれば脳の隅に見つけた彼女。その所為の間を不思議に思ったのか首を傾げていた。 「ね、手でも繋いどく?」 再び余裕たっぷりの笑み。僕はそれを挑発するように指を絡め、すたすたと教室へ向かう。横をてけてけとせわしなく歩く彼女を見て、おかしくなってペースを合わせた。 二人が教室に入れば、一気に増す騒がしさ。それもその筈、今まで女に触れている所を見た事さえない超が付く程の美形転校生と、告白されない週は無いといわれる校内一の美少女が手を繋いでいたのだから。 「それでは僕はあちらなので。また後で来ますから」 「うん、待ってる」 この美男美女カップルの噂が一日足らずで全校に回ったのは言うまでも無い。 これに一番驚いたのは他でもない千種と犬だった。骸の性格を知っている為最初は只のデマだと思ったのだが、骸本人から聞いた時は耳を疑ったという。 「あ、名前でいいよ。その方が本物っぽい」 「…では僕も名前で。六道君て気持ち悪かったんです、ずっと」 昼休みになる度名前と話していて、気付いたのは彼女と付き合うきっかけになった名前に付き纏う男。視線がいつも彼女と話す僕にあり、憎しみと嫉妬を隠せていない。流石に少し苛立ったので目が合った時に嘲笑してやった(無論逆効果だったが)。 そしてもうひとつ、彼女には他の女と違って作り笑いを浮かべる必要が無かった。というより、作り笑いをする事を忘れさせられた。一日中名前と過ごす生活をして、一か月が経った。 当たり前になっていたから忘れていた。これが期間限定の恋愛ごっこだという事に。 「あのね、あいつ彼女作ったらしいんだ」 約束していた"期間限定"の期限は、突然。 「今まで私の我が侭に付き合ってくれてありがと。楽しかったよ、六道君」 ひらひらと手を振ってじゃあ、と去って行く彼女。 「(……?)」 …おや、早くこの日が来いと思っていたのに、何でしょうかこの喪失感は。 本当は気付いていた。彼女といると楽しい、とか厭きない、とか。そんなの、僕らしくないから。 「(僕らしい、て何ですかね)」 一人暗くなった天井を見上げ、目を閉じる。明日からは前の様に下らない毎日に戻るのか。また、腐った世界へと。 その世界を思い出す前に、僕は走り出した。否、思い出そうとしても浮かばなかった。君との短い一カ月が、余りにも強く鮮明だったから。プライドだとか、自分の犯した罪だとか。決して小さくなんか無いのに、今はどうしようも無くちっぽけに感じる。それは僕の中に残った、君の所為。 「名前!」 その小さい背中を見つけた瞬間、名前を叫ばずにはいられなかった。今までどこに隠れていたのか、溢れ出して止まらない想い。気が付けば抱き締めていた、君。 「む…くろ、」 「最初は気紛れだったのに」 勝手に口から漏れる独り言。僕の腕の中で震える君は、僕に別れを告げた後泣いていたのか、どうして。 「油断しました…すきになるなんて」 抱き締める腕の力を強くしてやれば、小さな嗚咽を零しながら激しく涙を流す君。 「ほんと、は最初から、むく、ろがすきで、」 まだ続かれるだろう愛しい言葉を声を、僕は自身の口唇で乱暴に飲み込んだ。 君と僕の恋愛事情 (初めて愛情を知った) |