「サイッテ─…信じてたのに!」 顔にありったけの憎悪をこめ、怒る。一方的に話を進めるその女は、叩かれた男の感情の無い瞳に気付かず、誰もいない教室に罵声を響かせる。 「あんたとちゃんと付き合うために彼氏と別れて来たのにそこまでさせといて私を捨、」 「捨てる?そもそも君を拾ってなどいない、そんな事頼んだ覚えもない」 なんと冷静な声か。先程までの女の怒声が更にそう感じさせているのかもしれないが。そんな残酷な言葉を嘲笑混じりに言われ、ついには悔しさと悲しみから涙を零した、女。 「骸一筋だったのに…っ」 …何を言っているんだ。僕に想いを告げてからも男を切らなかったのに、ですか。無様過ぎて笑みが止まらない。 「僕は人間と恋愛をするつもりはない。ましてや君のような女は特に」 もう満足ですか?と嘲りたっぷりの微笑みを向けた後、男は教室を後にした。 哀れですね、人間というものは。 この学校は、腐っている。 愛だの恋だの友情だの、不確かで不安定な感情に流され過ぎている。そんなもの、何の価値も無いというのに。 ──早く帰らなければ。あの女のせいで、無駄な時間をくってしまった。下駄箱に上靴を置き、外靴に履き替え、すっかり暗くなった闇の中へ踏み入ろうとした時だった。 「君が、六道君?」 ソプラノが、耳に届いた。 …また女か。ゆっくりと振り返り、紳士的な笑みを浮かべる。勿論作り笑いだけれど。 「そうですが」 長引かせたくないため、最小限の言葉を紡ぐ。何か用ですか早くしてください、という意味も込めたのが、この女に伝わっただろうか。 「付き合ってください」 予想はしていた。自慢では無いが、僕は女うけがいいのか数多の告白を受けている。けれどただ一つ今までと違っているのは、この女は照れも焦りもせず余裕な笑顔でいる事。全く、掴みにくい。 「勿論本気なんかじゃない。期間限定の、私の彼氏を演じて欲しいの。理由は聞きたいなら話すけど、どうする?」 「…何故、僕なんですか」 「君すごく整った顔してるじゃない?だからあいつも諦めるんじゃないかと思って」 予想外の展開だ。 今の話から察するに、彼女に付きまとう男がいて、そいつが目障りだから彼氏のフリをしてくれ、と。僕を選んだのは、性格はどうであれ顔が良くて本気の恋はしないから。 …考えてみれば、これは僕にも当てはまるのではないか。先程までくだらない話をしていた女は諦めが悪い。今交渉している彼女は確か校内一の美少女と言われていた気がする。彼女と付き合っていると噂が流れれば、少しはごたごたするだろうがいずれは片付くだろう。 「いいですよ」 「本当?良かった。…ごめんね、急いでたみたいなのに引き止めて。それじゃ、また明日」 今度は優しい表情をして、消えようとする少女。が、何かを思い出したように足を止め、再び振り返った。 「同じクラスの苗字名前です、よろしくね六道君!」 「…何なんですかね、彼女」 ため息を一つ吐き、犬と千種の待ってるであろう黒曜ヘルシーランドへと歩を進めた。 →後編 |