みじかい | ナノ



「私よりこのひとを優先するなんて信じられない!」

「じゃー別れようぜ」


 風呂上がりにチェスしようと言ってきた彼に付き合ってチェックメイトまであと一歩というところで乱暴に開いた扉と憎悪に燃える女の子が視界に飛び込んだのは数秒前。どうやら彼女と約束をしていたらしいこの男はそれを放って悠長に16の駒二組で遊んでいたらしい。自分を一瞥さえせず別れを口にした彼にことばを失うと今度はわたしに標的を変えた。


「あなたさえいなければ…っ」


 とんだいい迷惑だ。何故わたしが憎まれなければならないのか。まあこの男といるかぎり仕様のないことなのだけれどさすがに何十回もこういう展開になると諦めがつくものだ、そして慣れた。呆れの意味で自嘲するがそれを自分への嘲笑だと勘違いしたらしい女の子はずかずかと部屋に入るとわたしの頬を躊躇いなくぶっ叩いた。いやかなり痛い。これにさえ慣れてしまった。叩かれた反動で右を向いた顔をそのままに立ち上がり彼女の横を素通りして部屋を出る。出て行き様に女が嗚咽する声と男がため息をついたのが耳に届いたが聞こえないふりをして自販機へ向かった。

 前回はつい数日前だったか。偶然時間が重なった任務から帰ってきてすぐだった。ふたりで何してたのと問いつめられ正直に任務以外何もしていないと答えたらあの時も叩かれたのだ。数か月前に比べたら最近は特にひどい。そして女の沸点も最近は特に低い気がする、隣に立っていただけでぶっ飛ばされるのだから。理不尽な仕打ちに仕返しのないことに感謝してほしい。


「オレ牛乳な」


 缶コーヒーを半分ほど飲み終えた頃聞こえた悪魔の呟き。わたしより収入多いくせにわたしにたかるなんて殺してやろうか、そう思いながらもポケットに手を突っ込み小銭を投入口に入れてしまう自分を殴りたい。


「殺してないよね」

「だれを」

「あんたの彼女」

「さーな 隅で寝てんじゃね」

「ちょやめてよわたしの部屋なのに!あああボスに何言われるかわからない」


 この恨みはいつか絶対晴らしてやると口にしたわたしに鼻を鳴らした男はパックの口を開きストローを差し込んだ。
 心の中でご愁傷様と自室で虫の息であろう女に唱え壁に体重を預ける。意味もなくプルトップを前後に折り曲げぷつんと取れたそれを飲み干してある缶の中へ落とした。金属音。


「いい加減わたしの身にもなってよ」

「お前が女だったら良かったんだけどさ」

「いや女だけどわたし女なんだけど今のは喧嘩売られたと解釈していいかな」


 愛用のFN‐P90を向ければ向き返された彼の武器。こんなのは日常茶飯事だ。最終的にアジトのあちこちを壊してボスにコオォォされて終焉を迎える。

 わたしたちはこれでいい。世間一般でいう恋仲になんてなることはこの先一生絶対にない暇と退屈を共有するだけの関係のままでいい。恋愛と違い終わりなんか永久にこなくて常に互いを求め合える何より楽で合理的な、何においても動きやすい最良の位置なのだから。

 ただひとつ、きみにすきだと伝えられないデメリットがあるけれど


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