胸痛が増えた。不整脈が増えた。倒れることが極端に増えた。心臓の限界が近付いてるんだなあって感じることが増えた。なのに、寿命は減るばかり。 「名前ちゃん、気分はどう?」 「普通です」 3日前に学校に行ったきり、登校していない。症状が頻繁に出るようになって、是が非でも入院しなくてはいけなくなったからだ。窓から見える空を雀が横切る。わたしも、あんなふうに、うごけたら。 「ねえ、先生」 「なに?」 「寝顔見られたくないから2時間くらい放っといてくれたりする?」 「仕方ないわね、じゃあ2時間たったらまた来るわ。何かあったらちゃんとナースコールすること」 「うん」 バインダーを手にして去る医者を見送った。個室でひとり、枕に勢いよく頭を埋める。微かにする薬品のにおいを肺に詰め込み、滲む世界に気付かないふりをした。 コンコン。その音で目が覚める。いつの間にか寝ていたらしい。すりガラスから見える人影へどうぞと声をかけた。からからと開くスライド式のドアの向こうに立っていたのは、 ああ、これが夢なのかもしれない。 「こんにちは」 綺麗な黒髪に綺麗な瞳に綺麗な顔立ちの、そう、まさにわたしの憧れの人物がそこにいる。なぜ、なぜ、なぜ。頭に浮かぶのは疑問符ばかり。 「どう、して、」 「友人のお見舞いに来ただけだよ。迷惑だったかな」 「め、迷惑だなんて、‥」 渡されたのはかすみ草だけでつくられた花束。本来は引立て役に使われがちな目立たないものでアクセントはないけれど、こうして何十本もの束を見るととても迫力があるような気がした。 「学校来ないから身体弱いのかとは思ってたけど。‥悪性腫瘍だって?」 「‥医者が言ったの?あーあ、あのひと、‥ほんとデリカシーないんだから、」 「調べたんだ。俺、情報収集が趣味だから」 「‥‥そっか」 「驚かないんだねえ?普通なら引いたりすると思うけど」 「なんとなく普通のひとじゃないのかなあとは思ってたんだ、なんだか皆折原くんを避けてるみたいだったから」 それきり口を噤んだ折原くんの顔をなんとなくみることができなくてかすみ草に鼻をよせた。 はあ、と。微かなため息が聞こえて何事かと顔をあげる。 「つまらないな」 「お、りはらくん?」 「きみははじめから非日常にいたからちょっと期待していたんだけど箱を開けてみればただのありふれた人間じゃないか。助からないと言われ余命を宣告され世界に興味をなくす、本当につまらない人間だ」 「‥あなたに、なにがわかるんですか」 「聞き慣れた科白だ。悪いけど、と言ってもそんなこと微塵も思ってないが俺は何もかも知ってる。きみが心臓の悪性腫瘍だと知る前から俺は知っていたしいつ何時から検診なのかも無論。苦じゃなかったけれどこんなにあっさりした返答聞いちゃったら一気に萎えるなんて当たり前のことだろう?時間の無駄だったかな」 このひとは、きっと。孤独なんだろうなあ。 |