drrr | ナノ



 あの日以降、苗字さんが私達と行動を共にすることはなくなった。


 別に何かが変わったわけじゃない。彼女がいなくなったというだけで、僕達は以前の生活に戻った、たったそれだけのことなのだから。ただ強いて言うなら、私の隣に座るこの男、まるっきり元気がなくなってしまっている。


「静雄くん、もう予鈴鳴るよ」

「‥ああ、先行ってくれ」


 彼がこんな調子のときは無理に構わない方がいいことを僕は知っているため、わかったと返事だけして屋上を後にした。

 彼の気持ちが、分からなくもない。自分自身嫌いだという暴力のせいで恐れられている彼に折角できた普通な女性の友人が、その暴力によって離れて行く。傷付くのも当たり前だ。何も彼女を責めているわけじゃない。私だって暴力沙汰には出来ることなら関わりたくないのだから。


「(まあ、考えたところでどうにもならないのだけ、ど、‥)


「‥‥‥て‥‥わ‥」

「‥か‥!‥‥そ」


 半開きの扉の向こうから聞こえる声に聞き覚えがあった。小窓から覗いてみれば、それはついこの間まで僕らと仲良くしていた、


「仕方なかったんじゃない?平和島静雄に殴られたらたまったもんじゃないもの。あんたあいつと離れて正解だったよ」


「(!‥‥)」


 その話題は僕を酷く動揺させた。


「元々あたしは反対だったの。あんたみたいな平和な頭の女の子が平和島静雄みたいな野蛮な男とつるむことなんて無理!あのままだったらいつか絶対あんた怪我負わせられたよ、大体平和島静雄の周りの奴らも頭おかしいじゃん!いくらあんたが本当は良い人だって言ったって良い噂なんて聞いたことない」


 分かっていた。僕らが学校中で散々な評判だということは。こんな罵倒を言われるのも聞くのも慣れているし、気にもしない。けれどやはり実際にこう言われると、それはそれで少なからず傷付くものだ。
 これ以上盗み聞いたところで意味もない、そう思い立ち去ろうとしたときだった。



「そう、だね。わたし、ほんとに馬鹿だし弱い頭だって自負してる。でも、‥平和島くんたちのこと、そんなふうに言わないで」



 驚いた。
 彼女は私達が嫌になって関わりを絶ったと思っていたからだ。
 静雄くんが屋上で暴れたあのとき、常識では考えられない能力を発揮して戦争にも似た喧嘩を繰り広げた彼らや平然として彼とつるむ僕に恐怖し疎遠になったのだと。そう、決め付けていたのだから。


「わたしには勿体ないくらい優しくしてくれて、些細な変化もちゃんと気付いて心配さえしてくれて!一日中感謝し続けても全然足りないくらいで」

「あんた何言ってんの?」

「平和島くんといると楽しかったの、岸谷くんといると穏やかになれたの!いっぱい優しくしてもらって、いっぱい甘えさせてもらって!わたし本当に嬉しくて!噂なんかどうでもいいとさえ思ったんだよ」

「ちょっとどうしたの」

「なのに!‥喧嘩してる平和島くんを恐ろしいと思ってしまった、いつものことみたいな顔する岸谷くんを恐ろしいと思ってしまった!そんな自分が怖かった‥!結局いつも口だけで簡単にともだちなんてほざいてたわたしがいちばん恐ろしかった‥‥!」

 わたしにあのひとたちといれる権利はないんだよ。



 ああ、なんだ。
 嫌われたんじゃなかったんだ。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -