▼ 第3話‐05
雨に掻き消されてしまいそうな小さな背中。
その姿を見ていた私の胸の内で沸き起こった衝動。
──彼を助けてあげたい。
守ってあげたい。
私が、彼を満たしてあげたい。
家族だから。弟だから。
あのときはそんな事考えてもいなかった。
ただただ宗太のことが愛おしくて堪らなかった。
「…私、は…」
声が震える。
…ダメだ、彼を見つめていると理性が崩れそうになる。何も考えられなくなってしまう。
「俺が怖い? 本当は憎んでる?」
「…っ違う」
違う、憎んでなんかいない。
そんな顔しないで。もう泣かないで。
…私が、
私がもっともっと愛してあげるから。
「…私も…宗太が好き」
寂しげな彼の表情に情欲が突き動かされ、私はついにその言葉を口にしてしまった。
胸の奥底でもがいていた想いをやっと吐き出すことのできた解放感と同時に背徳感が一気に押し寄せる。
「…男として?」
「…うん…っ」
複雑な心境のまま小さく頷くと、頬をそっと撫でられ私は微かに身を震わせた。
「……っ!」
唇に、柔らかくて冷たい感触が押し当たる。
濃くなった雨の匂いや肌に感じる吐息、そして重ねられた唇の感触に瞬く間に熱情が込み上げて身体の芯が溶かされていく。
幾度と体を重ねてきたけれど、キスをするのはこれが始めてだった。
私を求めるように何度も深く口付ける彼に愛しさが募って胸が高揚していく。
…でもその裏では消えきらない理性が暴れて心を締め付けていた。
このままもっと互いを求め合いたいという欲望と、禁忌を犯してしまっているという恐怖心が渦を巻いて身を焦がし、行き場のない葛藤が涙となって溢れ出た。
「…泣いてるの?」
宗太の不安げな声に私は慌てて首を横に振る。
「嫌だからじゃないの、ただ…っ」
「姉弟だから?」
言い当てられ言葉を詰まらせる。
すると宗太はふと笑って伝い落ちる涙を拭ってくれた。
「柚希は馬鹿真面目すぎるんだよ。少しは俺に毒されればいい」
冗談っぽくそう言うと宗太は再び私の唇に深く口付けた。
「…んっ…!」
舌先に唇を舐められ、突然の刺激にビクッと体が跳ねる。
舌はそのまま口内へと侵入し、歯列をなぞって私の舌に絡みついた。
柔らかな舌と舌が触れ合うその淫靡な感覚に体中の神経がゾクゾクと騒ぎ立ち、私はすがるように宗太の腕を掴んだ。
「ん…ふ、ぅ…っ!」
頬に添えられていた手が私の髪をクシャリと撫でる。
その指の感触、熱い呼吸、絡まる舌、
彼から与えられる刺激の全てに心が打ち震え、胸のつっかえが解かれていく。
いつの間にか私は彼の舌の動きに合わせて自ら舌を動かし、キスに没頭していた。
「柚希…、俺のこと好き?」
吐息混じりに囁かれたその一言が私の胸を激しく打つ。
長い長い口付けにすっかりとろけきった脳内からは一つの答えしか導き出せない。
「好き…っ」
泣きそうな声でそう発すると、宗太は一層きつく私の体を抱き締めた。
「もっと言って」
「んっ…! 好、き…っ、好き、好き…っ!」
激しくなっていくキスの合間合間に何度も夢中になって想いを吐き出す。
その言葉は発している私自身の身体に媚薬のように染み渡って情欲を燃え上がらせていく。
好き。宗太が好き、大好き。
こんなにも心が掻き乱されることなんてなかった。
こんなにも誰かを欲したことなんてなかった。
膨れ上がる愛おしさで胸が苦しくなっていく。
…もっと彼が欲しい、宗太の全部が欲しいっ…!
「っあ!! あ、ぁ…っ!」
抑えのきかない愛欲に身も心も焦がされ、泣きすがりたい衝動に駆られていると、宗太の手が下腹部へと下りて熱く濡れた秘所を撫でた。
たったそれだけのことなのに、下着越しに指の感触を得た媚肉はドクンッと脈打って悦びに悶え濡れてしまう。
「ふぁ…っ! あっ、ん…んん…っ!」
キスと同じように、私を喰らうような乱暴な手つきで指先が柔肉を割って膣内へと沈み込んでいく。
溢れるほどに濡れそぼったそこは、余裕なく無遠慮に侵入してきた指をいとも容易く招き入れて絡みつき、蜜を滴らせる。
「っふ…! う、んんぅっ」
彼の全てを感じ取ろうと鋭敏になった膣内に、その指の質感から体温までもが伝わり、止めどない喜悦となって全身に行き渡っていく。
こうしていられるだけでも泣きそうなくらい幸せなのに、
…なのに、
宗太との愛を受け入れたことで目覚め、解放された貪欲な私が、脳裏で『これだけじゃ足りない』と欲望を叫び散らす。
唇を重ね、舌を絡ませても、指に肉壁を擦られて快感を跳ね上がらせていても、それでもまだ『足りない』と彼を欲して熱情が暴れ回る。
『…お願い、挿れて…』
こんなこと、私から懇願したら宗太は嫌がるかな?
淫らな女だとか思われちゃうかな?
…でも、これ以上欲望を抑え込んでいられない。
「……っそ」
「柚希」
羞恥や不安を飲み込んで、欲求に突き動かされるがまま口を開いたその瞬間、自分の名前を呼ばれて私は驚きに思わず目を見開いて宗太を見つめた。
「…ごめん、我慢出来ない…もう挿れていい?」
「……っ!」
今まさに言おうとしていたことを先に言われてしまったことに私はますます驚いてドキリと心臓を弾ませた。
そして嬉しさや愛しさに胸の奥がくすぐったくほころんでいく。
「…うん」
申し訳なさそうに俯いている彼の頭をそっと撫でる。
ボサボサになった髪を指先でとかしてそのまま頬へと指を下ろしていく。
彼の顔は私の手よりも熱く熱を持っていた。
「…私も、挿れて欲しいって思ってた」
「っ…ほんとに?」
「うん」
胸の高鳴りに合わせて頷くと、おもむろに頬を掴まれて驚く間もなく深く強引に口付けを落とされた。
「んんっ…! っふ、ぅぅ、ん…っ!」
歯が当たってもお構いなしに私の唇や口内を貪ろうとするその子供っぽい口付けに、思わず“可愛いな”なんて感情が浮かんで、心が甘く溶かされていく。
もっともっと宗太が欲しい。
もっと私を求めて欲しい。
彼に対する貪欲がどんどん膨らんで私の心と体を支配していく。
「…っ、そんなこと言われたら、このまま挿れたくなるだろ…っ」
「へ…っ?」
荒い吐息混じりにそう呟くと、宗太は唐突に身を起こした。
そしてベッドの下に手を伸ばして何かを取り出した。
私は何がなんだかわからないまま黙って宗太の行動を見守っていることしかできない。
「…今まで使わなくてごめん」
「え? えっと…、ていうか、何? それ…」
「…何それって、コンドームだけど」
「コッ…!? えっ?何で私の部屋にそれがあるのっ!?」
「…そんなことより柚希がコレを知らないってことが驚きなんだけど」
「う…っ」
名前は知ってる。
避妊に使うものだってことも知ってる。
…でも、どんな物かはわからない。
「…ほんっとに何も知らないんだな」
口ごもる私の頭を宗太が呆れたそぶりでグシャグシャと撫で回す。
「危なっかしいから男遊びとか絶対するなよ」
「すっ、するわけないでしょそんなこと…っ!」
「もしそうなっても俺が全力で邪魔するしね」
再び私の上に身を乗せてきた宗太に起こしかけていた体を押されて、私はベッドに横たえた。
見上げた宗太の表情には余裕が戻っていた。
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