ふと、時計を見上げると日付をまたぎそうだった。もうこんな時間か、と溜息をつく。ソファへと視線を移すと、大和も同じようにこちらを見ていた。


「お疲れ様」
「……先に寝ててもよかったのに」


明日は二人とも休みだけど、大和だって仕事で疲れているだろう。付き合わせてしまった申し訳なさから眉尻を下げてそう言うと、彼はやわらかい表情のまま首を振った。


「眠くなかったし、映画見てたから」


と、テレビを指差すので視線を滑らせれば液晶にはエンドロールが流れていた。なるほど、と頷いてぐっと身体を伸ばすと途端に疲労がどっと押し寄せてきた。体が鉛のように重い。お腹もすいてきたなあ、とお腹を摩ると大和がちいさく笑った。


「なまえ、腹減った?」
「空いたー…」


休日前にこれはやっておこうとPCを開いたのが失敗だった。結局そのまま他の仕事にも手をつけて片付けようと、没頭し過ぎてしまった。頭を使いながら夜更かしなんかするからお腹が空くんだ。こんな時間に食べるなんて。
うー…と眉間を寄せて唸る私に、大和が声をあげて笑った。


「あはは。悩んでる」
「悩むよお」
「煮麺食べよ、煮麺」
「大根おろし入り?」
「勿論」


煮麺か…。そんなにカロリー高くないよね。お腹にも優しいし。そんな風に考えていると、ぐう、とまぬけな音が響いた。なんて正直な胃なんだ。ふはっ、と大和が吹き出す。私もつられて笑った。


「腹鳴ったじゃん」
「だからお腹空いたって言ってるでしょー笑わないでよ」


むう、と口を尖らすと、笑い終えた大和がソファから立ち上がる。意外と身長高いんだよなあ、なんて今更なことをぼんやり思いながら見つめていると、大和がゆるゆると口角を上げた。というか、これが彼の普段の表情だけど。


「俺が美味い煮麺作ったげるよー」
「それは楽しみですなー」


へらり、と互いに笑い合う。キッチンに向かった大和を、椅子の上で膝を抱えながら見守った。具は何にするんだろうなあ。卵は入れてくれるかなあ。頬を緩ませながらチラリと大和を見ると、大根を切るために俯いてる様子が見えた。それだけなのに何故だかキュンときてしまって。ああ、私この人のこと好きだなあって改めて思った。

大和と付き合い始めたのは高校生の時だ。同じクラスになって、話すようになって、なんとなく波長が合うなって思って仲良くなって、気付いたら恋人になっていた。
友達だった私たちの関係に終止符を打ったのは、どっちだったかな。どっちでもなかったかな。放課後の教室でイヤホンを半分こしてて、好きなバンドの音楽を一緒に聞いてて。ふと目が合って、それで、どちらからともなくキスをしたのが始まりだった。決定的な言葉は何もなかったけど、唇が離れて、目が合って、ふにゃりと微笑んだ大和の表情を見たらそんなのいらないやって思った。

──あの時からずっと、私は大和に恋をしている。

制服を着て笑いあっていたのに、いつしか一緒にお酒を飲める年になって。一緒に住むようになって。あの日の、彼の表情や、鼻を掠めた柔軟剤の香りを鮮明に思い出せるのに。もうずっと前のことなのだと気づいて、くすぐったいような、少し寂しいような、なんとも言えない感情が胸にこみ上げる。

コトコトと音がしてきてふわりと優しい香りが広がる。大和は普段から料理をするわけじゃないけど、作ってくれるものはいつだって美味しい。優しい味がするんだ。
ぐう、とまたお腹が鳴る。キッチンから大和の笑い声が聞こえた。


「まだですかー」
「もうちょっと待ってー卵は?」
「入れる。半熟で」
「はいよー」


間延びした返事に頬が緩む。この人といると、自然と笑顔になってしまう。きっとこれが幸せってやつなんだろう。キッチンから大和が丼を運んできてくれた。ふわふわと湯気が立ち上っていて、またお腹が鳴った。ありがとう、と丼を受け取って大和が座ってから一緒に手を合わせる。


「いただきます」
「いただきます」


大根おろしと卵をを崩しながら麺を掬う。卵はちゃんと半熟でとろりとした黄身が美味しそうだ。ふーふーと冷ましてから口に入れる。ふわりと優しい味が広がって、お腹も心も満たされていくような感覚に目許を緩めた。大和の作るご飯は幸せの味がする。


「おいしいー」
「それはよかった」


幸せ、と零しながら煮麺を啜ると大和がふにゃりと笑った。


「結婚、しよっか」


なんてことないように落とされた言葉に、箸を止めて大和を見上げる。彼はいつものように穏やかな表情で私を見ていた。突然のことに少しだけ驚いた、けど。私にとって大和と過ごす時間が幸せであるように、彼にとってもそうだったのだろうかと思ったら嬉しくなって。恋人になったあの日と同じだと思った。なんにも拘ることなんてない。この人とこの先も一緒にいることが私にとって何よりも幸せなんだから。


「うん」


笑って頷くと、大和はあの日の教室で見たのと同じ表情を見せた。


「明日市役所いこっか」
「うん。あとお母さん達に連絡しよう」
「久しぶりに俺の家族となまえの家族みんなでご飯食べに行こう」
「そうだね」


ちゅるり、と煮麺を啜りながら明日の予定を話して決めると、ふと大和が顔を上げてへらりと微笑んだ。


「幸せだ」
「うん、私も幸せ」


同じ色をした幸せをこれからも大事にしたいなと思いながら、最後の一口を頬張った。
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