「繋心くん、一緒に飲もうよ」


少し赤らんだ顔をして、コンビニ袋を手に下げた彼女が俺の部屋のドアを開ける。生まれたときから成長を見守ってきた6つ歳下のいとこは、ようやくこの間二十歳の誕生日を迎えたらしかった。

小学校を卒業してすぐに彼女は俺に好きだと拙い告白をした。それから、毎年のように告白を繰り返し、オトナになったらな、とはぐらかす俺に頬を膨らませて、少しさみしげな目をして拗ねて、そして小さくわかったと呟いて仕方なさげに笑うという一連の行為をもう8年間もなにかの儀式のように続けている。


「お前どっかで飲んできたのか」
「うん、合コンしてきた」


友達が幹事でねえ、なんて間延びした言葉を楽しそうに口にしながらにへらと頬を緩ませる彼女に軋む心臓を悟られないよう、呆れたようにため息を吐きながら部屋へ招き入れる。その意味を今までは自分だってはっきり把握できていなかったというのに、最近ふとした瞬間に気が付いてしまったココロウチのせいで高校生のような嫉妬に身を焦がすのだから案外俺も大人になりきれていないのだった。


「繋心くんビールでしょー」
「お前、酒強いの?」
「微妙。まだビールのおいしさはわかんないや」


また気の抜けるような表情を浮かべながらガサガサ音をたてて白いビニール袋から甘そうな桃の描かれた缶を取り出して躊躇いもなく大きな音をたててプルタブを持ち上げる。乾杯と心底うれしそうに俺の持つビールの缶に自分のをぶつけて口をつけた彼女を視界の端でとらえる。液体を流し込むたびに上下する首もとにあまり心地よくない汗が背中を伝った。いつもはよろこばしいはずのビールの味が、今日はなんだかよくわからない。
今日の合コンね、と俺の気も知らないで話し始める彼女がおつまみの封を切る。あたりまえのように彼女の手で口元へと差し出されたスルメの端を少し躊躇いながら咥えた。


「中学生のとき仲良かった同級生が偶然いて」
「ふうん」
「それで、えっと、」
「……なまえ?」
「うん。繋心くん、」


その子に、ずっと好きだったんだって、わたし、告白されたの。

口の中で味を堪能していたスルメをまだ完全に噛み砕けないまま思わず飲みこんだ。固いそれに咽喉が引っ掻かれて悲鳴を上げているみたいにずきりと音をたてて痛みを訴える。鳩尾の辺りに違和感を抱えたまま、困ったように笑いながら彼女は目を伏せた。化粧のきっちりとされた睫毛がふるりと動いてゆっくりと瞬きをする。なぜだかその瞬きが永遠のことのように長かった。
黙ってしまった彼女の次の言葉はなんだ。赤い頬はお酒だけが原因なのだろうか。彼女の頭の中を占領しているのは誰だろう。徐々に彼女の表情に陰りが浮かんで、震える唇が静かに開いた。


「繋心くん、」


こちらを見上げる彼女の目には今にもこぼれそうなほど水滴で緩んでいた。か細い声は小さすぎて、途切れながらも紡ぎだされる。口を噤んだ静謐の充満する部屋に、思わず力を入れすぎたせいで缶が少し歪む場違いな高い音が木霊した。


「すき」


両の目から堪えきれず落っこちたそれは彼女の鮮やかな青いスカートにシミを作っていく。堰をきって流れるその涙に、吸い込んだ空気がまだ痛む咽喉でひゅ、と鳴った。
歳の差なんて、正直ここ最近ではただの言い訳でしかなかった。しあわせにしてやれる自信がなかった。彼女の多感で大事な時期を、俺みたいななにもしてやれない奴が占領してしまうのが、そしていつかそれを彼女が後悔するときがくるのが怖かった。大きく肥大しすぎた想いはきっといつか彼女も、自分も傷つけてしまうんじゃないかということがどうしようもなく怖かった。


「大人に、なったよ。選挙もできるし、お酒も飲めるし、煙草も吸えるよ」
「っ、」
「ねえ、繋心くん、オトナって、なあに」


耐えきれなくなって手で顔を覆った彼女の言葉に息が漏れた。ローテーブルに置かれた缶チューハイは最初の一口分しか減ってはいなくて、俺の手の中のビールも半分も減っていない。テーブルに並べるように缶を手離してそっと彼女の肩に流れる髪を耳へとかけた。肩がびくりと跳ねる。


「なまえ」
「ごめ、ごめん、や、さしく、しないで」
「違う。こっちむけ」
「やだ、もう、もう、苦しい。オトナになったらなって、誤魔化すくらいなら、ちゃんと振ってくれればいいのに…!」
「なまえっ」


無理やり引き剥がした手は折れそうに細くて、固くて無骨な自分のそれとはまったく違う。もう一度重なった視線に揺れる積もり積もった彼女の想いによろこんでいる自分が紛れもなくそこにいて、どこかでぷつんと我慢の糸が切れたようだった。伸ばした腕の中に彼女を抱き込めば、信じられないほど心臓の音が大きく鼓膜を揺らした。


「けいしん、くん」
「…んだよ」
「けいしんくん、繋心くん」
「うるせえよ。ちゃんと、ずっと好きだから、安心しろ」
「繋心くんの、ばかあ…!」


ぎゅ、と俺のパーカーを握って嗚咽を漏らす彼女の匂いがふわりと鼻孔をくすぐっていとおしさにどうにかなりそうだった。



(ねえ、今キスしたら)
(してえの?)
(し、しないもん!でも、もし、したら)
(したら?)
(スルメとビールの味するんだね?)
(色気のないキスだな)
(ま、ファーストキスが繋心くんなら、なんでもいいけどね)
(…お前、覚悟しとけよ)
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