「みょうじ!」

短大受験に向けて通いつめた塾の帰り道、かじかんだ指先をすり合わせながら夜道を歩いていると、コンビニの前で突如名前を呼ばれて心臓がどきっと跳ね上がる。声のする方へ目を向けると、コンビニ袋をガサガサさせて駆け寄ってきたのはクラスメイトの鎌ちだった。

「こんな時間に会うとかやべぇな、運命か?」
「運命じゃなくって、ただの塾の帰りだよ」
「は?こんなおせーの?女ひとりであぶねぇだろうが」

腕を組んで険しい顔をする彼に平気だよと笑って答えるも、納得いかない様子で「俺が平気じゃねぇんだ、送る」と横に並んでこられた。なにそれ、男らしいね。学校の外で隣に立たれるというのはなかなか照れくさく、思わず話をそらしてしまう。

「コンビニで何買ったの?」
「あぁ、肉まん、半分食うか?」
「食べる!でも鎌ちってバナナ以外も食べるなんて知らなかったなぁ!」
「…おめーはいっつもゴリラ扱いしやがって……やんねぇぞ」
「冗談だよ冗談!」
「ったく」

不機嫌そうな顔は変わらないけど、コンビニ袋から肉まんを取り出してくれる。それを、あちっと声を漏らしながらふたつに割る様子を見ていると、もわ〜っと白い湯気が立ち込めた。「あちーからゆっくり食えよ」と差し出された肉まんをお礼を言って受け取って、星空の下、肩を並べてあったかい肉まんを口に含んだ。

肉まんの白い湯気とか、はふはふさせながら食べるわたしたちの白い息とか、鎌ちの鼻が赤いのとか、おいしーって言ったら、だなーって答えてくれるのとか、空を見上げたらオリオン座がくっきり見えてるのとか、そういうのにいわゆる青春っていうのを感じる。だけれど鎌ちと青春してるというのはなんだか面白く思えて、つい笑みがこぼれてしまった。

「何笑ってんだ?」
「なんか青春だなって思って」
「お!俺もそう思った」
「え、鎌ちも?」
「おう、このくそさみぃ中さ、……好きなやつと肉まん食うなんて青春しか感じねぇだろが」

ちょっと言いづらそうに、でもはっきりとした声で紡がれるまっすぐな言葉。彼のストレートな物言いにどうしても照れてしまうわたしは冗談しか返せない。

「そっかぁ、わたしは鎌ちと青春ってうけるって思ったら笑っちゃった」
「な!おまっ!……っとにおめーは、俺の気持ち知ってて、なんでそうやってひでーことばっか言うんだよ!」

短い前髪を指先でくしゃりとさせて、彼は口を尖らせた。鎌ちの気持ち、かぁ。肉まんの最後の一口を頬張って、記憶をたどる。


仲のいい友達だと思っていた鎌ちから「好きだから付き合ってほしい」と真っ赤な顔で告白をされてとても驚いたのは一年生の頃のこと。友達にしか思えなくて、彼の申し出を断った。「そうか」と残念そうな声に胸が痛んだけれど、彼はその後も今までと変わらずに接してくれるから友達関係が続いて、ほっと胸を撫で下ろした。

それから数か月後「やっぱり好きだ、諦められねぇ」とまた真っ赤な顔で告白をされて。それにまた断って、友達関係は続いて、そうしてしばらくすると「そろそろ俺のこと好きになったりしねぇ?」とまたまた真っ赤な顔で告白をされて、断って……ということを3年間繰り返してきたわたしたち。

そんな攻防戦を繰り広げているうちに、情が移ったのか、それとも実は最初からだったのか。それは自分自身でもよくわからないのだけれど。わたしの心の中は鎌ちへの想いでいっぱいになってると気付いてしまったのは最近のこと。

からかうとすぐ怒ったり、優しくすると嬉しそうに笑ったり。男子と話してたらいっちょ前に嫉妬したり。バレーの応援に行った時は気合が入りすぎて失敗してたっけ。そんな鎌ちの全部がかわいくて、いとしくて。でも、ずっと断り続けていたものだから、今更彼の気持ちに応えるのがどうしても恥ずかしくて、減らず口ばかりたたいてしまうのはわたしの悪い癖だ。


「もうすぐ卒業なのに結局付き合えねぇで終わんのか」

唇を尖らせたままの彼が大げさにため息をついた。その横顔を見上げれば、視線に気づいた鎌ちはこちらを見下ろしふわっと目を細めて「独り言だ、気にすんな」って。優しい声に、心臓がきゅっと締め付けられる。ああもう、そろそろ、照れてばかりもいられないんじゃないかな。

わたしは覚悟を決めた。

「ね、鎌ち、耳貸して」
「ん?」

不思議そうな顔をしながら素直に背中を丸めて、わたしの口元に寄せてくれた形のいい耳に、そっとつぶやく。

「もう一回、告白してくれたら、今までとはちがう答えをしてあげる」

数秒の沈黙のあと、彼はその体勢のままバッとこちらに顔を向けた。ほんの少し動いたら触れ合ってしまいそうなほど近距離で視線が交わり、心臓が飛び跳ねる。彼の瞳はまんまるに見開かれていて、その瞳の中に映ったわたしの顔はなんとも泣きそうだった。

「……それって」
「……」
「期待してもいいのか」

かすれた声に、こくりと頷くと、鎌ちの顔がどんどんと赤くなっていった。でも、それに負けないくらいわたしの顔も赤くなっているのだと思う。だって顔が、燃えそうなほど熱い。

鎌ちはわたしの目の前に立つと、姿勢をぴしっと正して、そうして。

「俺は一年のころからずっとみょうじが好きだった!お前が俺のこと好きになってくれたんなら、俺と付き合ってくれ!!」

心臓の脈打つ音がどっくどっくと響く。この三年間、何度も告白されるたびにどきどきとしていたけれど、今までとは比にならないほど鼓動が速いのは、きっと、今から鎌ちの想いに答えるからだ。

「わたしも、鎌ちが好き、だから、」

付き合ってください、と熱い熱い想いは驚くほどちいさな声でしか伝えられなくて、最後のほうはほとんど声にならなかった。それでも、鎌ちの耳にちゃんと届いたことは、彼がうんっと顔や耳や首を真っ赤にさせたことでわかる。

「死にそう」

口元に手をあててと吐息のような声を漏らした鎌ちの反応に、わたしまで死にそうなくらい身体が熱くなって、表情筋が緩んでしまう。にやけた顔を見られるのが恥ずかしくってマフラーに顔をうずめた。きっと、漫画だったらふたりの頭から湯気のようなものが出ているんだろうなぁ。

「あー信じらんねェ、まじかお前…」
「まじだよ」
「なあ、今の俺って世界一幸せなんじゃね!?」
「やめてよ、恥ずかしい!」
「だってずっと好きだったやつが俺のこと好きになったんだぜ?俺がそいつのカレシ。幸せでしかねぇだろ?」
「やめてってば〜!」

恥ずかしい言葉の数々に赤面することしかできず、照れ隠しに鎌ちの硬い肩をぐーで殴ったけれど、「いてーよ」と文句を言う口元はとてもうれしそうに緩んでいて……照れてばかりいる自分がばかみたい。幸せだって素直に笑う鎌ちの横顔を見ながら、わたしも口角を上げて笑うばかりだ。
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