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都志乃。
突然聞いた名前に、俺は口の中で転がすようにその名前を反復した。
そんな名前だったなんて、知らなかった。
そうか、知るはずもないか。
聞いたことないんだから。

ボーイが、腕時計を見ながら「すぐに案内しますね」と微笑んだ。

このボーイはどんな心境なんだろう。

この人とあの人がセックスするってわかるのってどうなのかな。
仕事だから、なんとも思わないんだろうか。

ドクッドクッと心臓が等間隔で脈打つ。
けれどその心臓の音は、明らかに10分前よりも早く大きかった。


空間に塗れそうな気がする。
この薄暗い空間に、溶け込んでしまいそうだ。

未だに火照ってる体は、熱をまだ孕みそうな余裕を持っている。
そしてその余裕はどんどん大きくなっている気がする。


「案内します。」


ボーイが、こっちを見て会釈をした。
俺はそれに頷くと、彼に続く。

こつ、こつ、と廊下を鳴らす革靴の音が、やけに大きい。
階段を上って、少し歩く。

そして前のように、ボーイがドアノブに手をかけてわざとらしく大きくガチャッと鳴らすと、少しだけドアを開ける。


「それではごゆっくり」


透けているはずのドアが、きっちりと中が見えないように細工してあるのを見て、改めてカラオケを改装しているのはわざとなんだと感じた。


ここまできたら、もう逃げられない。

微かに震える手。

耳元で太鼓を打ち鳴らすような心音を感じながら、俺はそのドアをゆっくりと押した。