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使わなかった一万円札を見てからそれを乱雑にポケットに押し込んだ。

だって、足りるわけないから。
ラーメン屋の飲食費が三千円弱。
ここから俺の住む場所まで少なく見積もっても一万円はいる。
足りないのなら端から使わなければいい。
そもそも、そんなにお金に困ってないから使わないけど。

ただ、俺を放って……行ってしまうからその腹いせに使ってやろうかと思っただけ。

タクシーを拾って、そのタクシーに揺られながら帰路につく。

ふつふつと湧き上がる形容しがたい気持ちを、なんと言い表せばいいのかわからない。
怒り、悲しみ、嫉妬、虚しさ。
でも、それだけじゃない何かほかの感情もある気がする。
でも分からないから対処しようがない。

あの人からメールがなかったら、早川さんは俺の隣にいたのかな。

あんなにも歩いた道は幸せだったのに、今はこんなにも虚しくてたまらない。

一緒にラーメンを食べて、餃子を半分こしたのかな。

結局ラーメンも餃子も食べきれずに残してきてしまった。

どうして俺は、こんなささやかな幸せさせも感じることを許してもらえないんだ。
どうしてこんなにも邪魔されるんだ。

今頃になって頭の中に聞いた声が蘇る。
早川さんの甘ったるい声に、それを受けながらまた甘い声を出すあの男。

思いきり爪がくい込むほどに手を握りしめてから目を強く閉じた。


「おかえりなさいませ隼也様」


屋敷に戻ると、千尋が外で待ってくれていた。
千尋は俺の軽い荷物を受け取ると、ひとつ深くおじぎした。
いつもならそこまで深くしないし、すぐに頭も上げる。
しかし今日の千尋は頭を上げなかった。


「千尋?」

「……隼也様」

「なに?」

「本気ですか」

「本気だよ」


俺が隣を通り過ぎてからしばらくして、千尋が頭を上げる気配がした。
それを感じながら俺は自室に戻った。