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「俺、海で溺れたことあるんですよ」


防波堤の下まで降りて、俺が靴を脱いでいる時だった。
ハルが突然そんなことを言い出すから、俺は後ろにいるハルを振り返って首を傾げた。


「もしかして、遠まわしにカナヅチっていってんの?」

「いや、泳げますよ」

「なんだ。面白くねぇ」

「は?」

「だってカナヅチだったらお前を海のなかに引きずり込んでやるのにさぁ」

「物騒すぎる!」


海にはまだ時期が早いせいか誰もいない。
少し強めの風が吹き付けてくるのを感じながら、オレはズボンの裾をまくった。


「溺れたことあるから、なんなんだよ?」

「溺れたことあるから、怖いんです」

「お前は怖いものだらけだなぁ」

「あれ?他にもありました?」

「血が怖いって嫌いって言ってたろ。あとまだなんかあった気がする」

「……怖いっていうか、まぁ怖いですけど」

「まぁ、そんなもんだよなぁ」


怖い、か。
怖いものがない人なんて、居ないだろう。
世の中怖いものがないわけがない。

俺だって怖いものだらけだ。
人間が怖い、世の中が怖い。
明日が怖い。

抽象的なだけで詳しくいえばもう、数え切れないぐらいに怖いものがある。


「嫌な思いしたら怖いですよ」

「そうだなぁ。……そうだな……」

「志乃さん?」


潮の香りがする。
俺は靴を持ったまま、波打ち際まで歩いてそのまま足を付けた。

そのまま溶けていければいい。
そんな気がした。