『お日様が陰る時』

 みょうじさんは相変わらずクラスの中心に居る。いつも誰かしらに話しかけられている。初めの方こそ戸惑ったような、ぎこちないような笑顔を浮かべていたものの、今となっては会話を心から楽しんでいるように思える。本当に俺が世話を焼く必要なんて無かったな。田島先生の言葉をやけに間に受けすぎていた――と赤葦は少しだけ鼻から息を吐き出す。

 今もクラスメイトと楽しそうに談笑しているみょうじの姿をチラリと見やって、自分の席で本の世界へと戻ろうとした時。

「疲れた……」

 そんな言葉と共に赤葦の席の前の椅子が軋む。赤葦は顔を上げずとも誰が座ったのかが分かる。言葉のイントネーションが違うからだ。

「お疲れ」

 顔を上げずに返した言葉にみょうじが更に言葉を返してくる。

「なぁ、そないに関西弁って珍しいか?」
「まぁ。ここ、東京だからね」
「うぅん……。そやけど……。てか、私、“〜でんねん”とかコッテコテの関西弁言わへんし。言うて言われても……困るっちゅうねん。なぁ?」
「なぁ? って言われても」
「あ、せやったな。赤葦くんも東京の人やったな」

 ここでようやく顔を上げた赤葦の事をみょうじがにしし、と笑ってみせる。

 みょうじさんは大抵笑っている。“太陽の様な人”もしもみょうじさんを形容するならば、そんな言葉が似合うのかもしれない。

 そんな事をぼんやりと赤葦は思う。

「でも、私の事が珍しいかもやけど、私からしたらそら私以外の人にも言える事やねんで? “〜だよ”とか、私の地元では絶対聞けへんかったし。ここやったら語尾がぜーんぶ“だよ”やん。そっちのがよっぽど珍しいわ。なぁ?」
「俺には分からへん」
「なんで関西弁やねん!」

 ボケにすかさず突っ込みを入れるみょうじ。そしてケラケラと笑い出す。……この人は本当に良く笑うなぁ。

「あはは! なんか久々に人に突っ込んだ気ぃするわ! こっちの人はボケへんし。……わー! なっつかしい! 幼馴染がよおボケかますヤツ等でなぁ。こっちが疲れるくらいボケかますから、最後の方は突っ込むの止めてんけど、それでも突っ込まなアカンようなボケするし。ほんま、あっちに居ったら居ったで疲れてたわ。……あ、てか赤葦くん。今日の部活なんやけど――」

 みょうじは前に居た高校の話をする時は凄く楽しそうに、懐かしむように言葉にする。そして、直ぐに話す事を止めて違う話題へと移る。その瞬間のみょうじの顔からは明るさが抜け落ちてしまう。まるで太陽を分厚い雲が覆い隠してしまうかの様に。

 本当は転校なんてしたくなかったのだろうか。赤葦はそんなみょうじの姿を見てそう思う。しかし、そんな考えが頭を過ぎるが口にはしない。もしも、みょうじがこっち来た事で感じる寂しさに堪えているのだとしたら、そこに触れる事でみょうじの作った防波堤を壊してしまうかもしれないと思ったからだ。

 だから赤葦は深くは突っ込まず、次の話題へと移り変わったみょうじの話題の相手をするべく、みょうじの話に耳を傾けた。


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