『心に蓋』

「ごめんね。木兎さん熱くなって結局時間延びちゃったね」

 30分と言った木兎さんの自主練は“もう1本! これでラストだから!”というワードを数回繰り返した木兎さんによって延ばされ、結局約1時間にも及んだ。

「私も観てるん楽しかったし、全然ええよ」
「親御さん、大丈夫?」
「おん! バレー部のマネージャーになる事は伝えとうし、前の高校でもよお自主練に付き合うてたから」
「へぇ。そうなんだ」
「うん。前の高校にも誰かが止めんと何時までもバレーやっとうようなバレー馬鹿が居ってなぁ。よお主将から怒られとったわ」
「どこの高校にも1人は居るんだ」
「あはは。私の場合は2人やったけどな」
「それは……大変だっただろうね。俺は木兎さんだけでも大変なんだから」
「ふふ、そうやね。でも、毎日が楽しかったなぁ」
「あぁ、そうだね。確かに」

 バレー馬鹿に付き合わされて、苦労しとう所も、そんな振り回される時間が楽しいと思っとう所もなんだか私と赤葦くんは似とう気がするなぁ。そう思いながら赤葦くんと2人で夜道を歩く。夜になるとまだほんの少しだけ冬の名残を感じさせる季節。汗冷えしないように羽織ったカーディガンの裾を少しだけ引っ張る。

 梟谷学園の試合は全国大会で何度か観た事あった。それに、全国で5本の指に入るて言われとる木兎さんも居ったし。まぁ、理由は木兎さんだけやないけど。とにかく、梟谷辺りに引っ越すて決まった時は、私は迷わず梟谷学園に行くて決めた。梟谷に転入するにあたって、転入試験を受けないけんくて、そこはまぁ……結構苦労した。色んな意味で。

「そういえば、ウチに入る時って転入試験あるんだよね?」

 思っていた事を言い当てるかのように赤葦くんからそんな話題を振られ、それに対して答えを出す。

「うん、そやで。まず梟谷が転入を受け入れてくれるかっていう問い合わせからしてな。私立やったし、受け入れは可能やったけど、まぁなんせ試験準備がなぁ……。あない勉強したんは受験以来やったわ」
「なんでそこまでしてウチに来ようと思ったの?」
「やっぱり、バレーに関わりたいって思うとったし、それなら強い所がええし、どうせなら正式にマネージャーとしてきっちりサポートしたいて思うバレー部が良かったからなぁ」
「ウチのバレー部はそう思える所だったって事?」
「そ。私、何回か梟谷の試合観る機会あってんけど、まぁ中々楽しそうにプレーしはるなぁって。毎回思うとったんよ」
「そっか。それじゃみょうじさんをウチに招いたのは、木兎さんの力が大きいかもね」
「うん、まあ。そやな。でも、木兎さんの力も確かにおっきいけど、赤葦くんもその要因としての力はおっきいで」
「えっ?」

 赤葦くんの瞳が僅かに開く。まさかここで自分の名前が挙げられるとは思うてへんやったみたい。そんな様子の赤葦くんをクスリと笑って、言葉の続きを話す。

「私の幼馴染もバレー部やってんけど、幼馴染の1人がセッターやってたんや。そやから、他のチームのセッターがなんとなし気になってな。色々と面白いセッターも居ってんけど、梟谷のセッターはまぁ、木兎さんに振り回されよんなぁ、って観てて特に面白くて。そやけど、木兎さんが、調子落とした時、めちゃくちゃ本領発揮するやん! てまたそれが面白くて。そういう色んな角度から魅せる試合をするんが梟谷やってん。そやから、今度からは中から梟谷が見れるて思うたら、私結構楽しみなんよ」
「……それは、一気にプレッシャーな気がする」
「あはは! そんな、重みなんか感じんといて」

 そう言って前を向く赤葦くんに今度は声をあげて笑ってしまう。赤葦くんて面白い人やなぁ。



 引っ越す事、梟谷に行きたい事、それらを先輩に報告した時、「転入試験あんねやろ?」と言われ、「そうです」と答えると「みょうじ、ちゃんと準備しとんねやろな?」と静かに凄まれた。先輩があの瞳を向けてくる時は嘘を吐かない方が良いという事は学習済みや。
 だからこそ、「……出来てません」と正直に言った。それから、「転校先に受け入れて貰へえんとかになったら、笑われへん」という先輩の正論パンチに打ちのめされた私は先輩からみっちり指導して貰うたおかげで、転入試験は思うてたより楽に出来た。

 先輩のおかげで今こうやって赤葦くんと一緒に並んで帰れてんねやと思うと、あの時のスパルタとも呼べる指導にも感謝出来る。結局先輩にちゃんとお礼もせんと来てしもうたなぁ。

 元居た学校に居る先輩の事を思い出すと、チクリと胸が痛む。先輩、元気にしとうかなぁ。他の皆も。アイツも。そう思えば思うほど、自分の胸がズキズキとするのが分かる。先輩には帰ったらラインでもしとこう。そう割り切って考えるのを止める。まるで自分の心に蓋をするように。

「明日、朝練って何時からなん?」

 そうして私は今現在へと思考を無理矢理シフトする。今はもう私はあそこの生徒とちゃうんやから。思い出したらいかん。


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