『合宿最終日』

 合宿最終日。この合宿でおよそ60試合以上やったけど、梟谷の勝率は約8割。ダントツで1位や。やっぱり梟谷は強い。他の県の高校とやってもそれは顕著に表れる。そんで、日向くんが居る烏野は3勝のみでダントツで最下位。

「フライング一ッ周ゥーッ!!」
「ウィース……」

 澤村さんの声掛けに烏野の皆が応じる。

「……罰を熟す姿に異様な貫禄……」

 黒尾さんが言った通り、その姿は数々の山場を乗り越えてきた職人集団みたいで、笑ったらアカンて分かっとうのに、思わず吹き出しそうになる。

「赤葦〜次どこと〜?」
「烏野です」
「烏野かぁ〜……」

 木兎さんが赤葦くんに尋ね、次の対戦相手を言うと部員の皆が嫌そうな顔をする。

「1番やり辛い」
「何やからして来るかわかんねーよな、アイツら」

 確かに。烏野は見よって飽きひん。色んな事を試してくる。負けが圧倒的に多いとはいっても、着実に競り合って来よるし、この合宿で烏野の底力みたいなモンが如実にあらわれたと思う。せやから、私は烏野とするの、楽しみやなぁ。

「でも、さすがに疲れてきてるみたいだし――……うお!?」

 猿杙さんが驚いた声を上げた方を向くと「お肉様〜! ハレールヤー!」と狂喜乱舞する烏野のメンバーの姿があって、今度こそ我慢出来んと吹き出してしまう。烏野、ほんまに面白い。



 結果として、烏野対梟谷の試合も梟谷の勝利で終わる。そやけど、今回の試合は烏野も初日ではグズついとった連携も上手くいくようになっとって、烏野の攻撃型なプレーが生かされるし、月島くんのブロックが格段に良くなっとって、結構終盤までもつれた。そんで、序盤は良かった木兎さんも、調子付く烏野に対して熱くなってしもうて、結局空回りして、しょぼくれモードを発動した。まぁ、そこはもう織り込み済みやから、赤葦くんを筆頭に崩れる事無く試合は運んだけど。最後の1点を木兎さんに決めさせる事で復活への糸口を赤葦くんが作る。そして、他の部員に目線でフォローを託す。

「キャー猛禽類〜」
「ミミズクヘッド〜」
「よっ! エースッ!」
「カッコイーネ!」
「やっぱり最後はエースですな!」
「……ふ。ふっふふ……。やっぱり俺最強ーッヘイヘイヘーイ!!」

 その棒読み同然の言葉を受けて、木兎さんは簡単に復活を遂げる。

「ヘイヘイヘーイ!」
「おっ、なまえちゃん良いねぇ! ヘイヘヘーイ! フゥーッ! この調子で最後の試合も勝つぞ〜!」

 私の褒め言葉でも何でもない言葉にすらテンションを上げる木兎さんを見て雀田先輩達が呆れた様に溜め息を吐く。

「相変わらず木兎はオチるのも早ければアガるのも早いね〜」
「アレが単細胞ってヤツか……。だから“5本の指”止まりなんだよもー」

 そんな先輩たちが面白くて、声を上げて笑う。烏野の試合を観るんも好きやけど、ウチの試合観るのも負けんくらい好きや。さ、次はまた音駒とや。最後の試合も勝って、インターハイに良い波に乗った状態で臨まんとやな。

「それじゃあ合宿最後の罰・フライング一ッ周ゥー!!」

 私の横を烏野が元気良くフライングしていく。

「日向くん頑張ってや。BBQのお肉が待ってんでー!」
「! ウィッス!」

 日向くんにそんな言葉を掛けて、私は音駒との試合へと向かう。



「いただきますっ!!!」

 その言葉が号令となって、元気良く男子部員が網の上に乗っかるお肉に食らいつく。

「あっ、木兎! それ俺の肉っ!ズリィ!」
「へっへーん! 弱肉強食だ!」
「ぐふっ!?」
「影山!? これ、お茶!」
「あざっす……!」
「えっ、今私のお皿にあったおにぎりはっ!?」
「食べちゃった〜」
「えっ! 別に良いけど……3つも??」

 そんな言葉が至る所で飛び交う。そんなやり取りを清水先輩や宮ノ下先輩や森然高校のマネージャーである真子ちゃん達と椅子に座って眺めては、笑って過ごしていた。

「ね〜なまえちゃん聞いてよ〜! 雪絵ってばもうおにぎり4個も食べてるんだよ? 凄くない?」
「えっ、ほんまですか! 白福先輩、可愛い顔して大食いですもんねぇ……って、またお皿にこんもり盛って来てはる!」
「なまえちゃん見て〜! 美味しそうなお肉ばっか〜!」
「ちょっと私も追加取って来ます!」

 雀田先輩と白福先輩が来て、白福先輩のお皿を見た真子ちゃんが涎を拭いて駆け出して行く。…アカン。私も食べたなってきた。

「私もお肉取ってこようかな! 清水先輩と宮ノ下先輩は何か要りますか?? 私、取って来ますよ?」
「ううん、私達は大丈夫。ありがとう。行ってらっしゃい」

 清水先輩達が微笑みながら手を振ってくれる。うわぁ……、離れてみたら分かる。めっちゃお花畑やん。眩しっ。自分が今まで居った場所のレベルの高さに慄きながら、清水先輩に手を振り返す。

「あれ? やっちゃん??」

 コンロの辺りに行くと、やっちゃんが挙動不審な動きをして彷徨いよった。密林に迷い込んだ様な顔して。大丈夫やろうか。そう思うて、私がやっちゃんに近付くよりも先に生川高校の主将から声をかけられて、真っ黒に焦げたお肉を掴んでモッシャモッシャさせる。いや、やっちゃん「人生の様な味がしますっ」ってアカンよ。そんな人生、歩んだらアカン。

「やっちゃん、大丈夫?」
「……みょうじせんぱぁぁぁい〜!」
「おーよしよし。怖かったなぁ」
「……お茶要る?」
「水もありますよ?」
「ヒィッ!」

 ちょっと、鷲尾さんも尾長くんも顔怖いんやから、やめたって。ほら、やっちゃん、泣きそうや。やっちゃん引き連れて早いとこ、この巨人の密林から抜け出さんと。

「みょうじさん、こっちに焼けたお肉あるよ」
「赤葦くん!」

 そんな時、赤葦くんから救いの手が差し出されて、そっちへと逃げ出す。

「ありがとうございました! このご恩は決して! 決して忘れません!」
「あはは、大袈裟や。ほら、これ食べて。これこそが人生の様な味やから。早いとこマネージャーが集まるオアシスに行って来ぃ」
「シャチ!」

 こんもりとお皿に美味しそう焼けたお肉を乗せてあげるとお皿を頭上に上げて深々と頭を下げてオアシスに向かっていくやっちゃん。あぁ、良かった。やっちゃんを救う事が出来たわ。

「ありがとう。赤葦くん。助けてくれて」
「いえいえ。これ、みょうじさんも食べて」
「うん! ありがとう……あ。……ほ、ほんなら私もオアシスに帰ろうかなっ!」

 2人きりになった途端、こないだの夜の事が思い出されて、急に恥ずかしさが込み上げてくる。てか、さっきからオアシスからのニヤニヤした視線も感じるし……。これは戻っても茶化されるヤツやん……!

「もう少し、ここに居たら?」
「へっ?」
「今向こうに戻ってもどうせからかわれるだろうし。だったら、一緒に食べようよ。みょうじさん」
「お、おん……。でも、赤葦くんも何か言われるかもやで? その、他の男子から……」
「別に構わないよ。隠すつもりないし。それにそっちの方が牽制出来るしね」
「〜っ! 赤葦くんって優しいって思うてたけど、それだけやあらへんね?」

 赤葦くんに意地悪な気持ちを込めて言うてみても、赤葦くんは不敵に笑うだけで全然効かない。

「今更だね。明日からインターハイも始まる事だし、みょうじさんからパワー貰っとかないとね。あ、ほら。そのお肉焼けてるよ」
「あっ、うん」

 明日から、インターハイ。赤葦くんの口から出た大会がもう明日にまで迫ってきている事を実感する。いよいよかぁ。公式戦で稲荷崎とぶつかるかもしれん大会。稲荷崎とぶつかった時、私は梟谷を応援出来るかどうかていう迷いはまだ消えてへん。……でも、私は梟谷の一員やから。皆と一緒に頑張りたいて、思っとう。

「赤葦くん、頑張ろうな。インターハイ」
「うん。みょうじさんに応援して貰えるような試合をしてみせるよ」

 稲荷崎以外の試合は心から、声が嗄れるまで、梟谷を応援出来るて断言出来る。


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