『恋バナ』

「おはよう」
「おはよう、赤葦くん」
「みょうじさん荷物重たそうだね。持とうか?」
「ううん、平気。ありがとう」

 次、家に帰ってくるのは1週間以上先や。侑と別れた後、色んな事を考えながら仕度した荷物はいつもより多い。

「昨日は、眠れた?」

 歩く道中で赤葦くんが尋ねてくる。

「実は意外としっかり眠れたんや。これが」
「ふうん、そっか。……ちょっと残念」
「え、なんで?」
「前みたいに肩貸してあげようと思ってたから」
「あはは! ほんまに? それはゴメン! 何なら私が肩貸し返したるで?」

 そんな風に軽口を交わす。何度かやり取りした後に赤葦くんがどこがホッとしたような、尋ねる事を戸惑っているような、そんな様子で言葉を重ねてきた。

「宮侑とは……、どうだった?」
「ちゃんと話した。そんで、改めて侑から好きって言われた」
「そっか」
「嬉しかったけど、返事はまだ出してへん」
「……そう」
「だって、今の私は侑の事だけや無くて、赤葦くんの事もあるから。利用してしもうたからには、赤葦くんの事もちゃんと考えたいて思う」
「みょうじさん……」
「私の中で赤葦くんやって、大事な存在になってるんよ。ちゃんと。そやから、赤葦くん。赤葦くんの事ももうちょっと考えさせて。優柔不断でごめんな?」
「そんな事無い。みょうじさんが俺の事までそこまで考えてくれて嬉しいよ」
「赤葦くんの優しさに私は大分救われとうわ。ありがとう」
「良いって。惚れたが負けなんだから」
「ふふ。赤葦くんは優しいなぁ。……合宿、頑張ろうな」

 色々あったけど、まずは今日から始まる合宿に集中しよう。



「ねぇねぇ! なまえちゃんって関西出身?」
「なまえちゃんは兵庫出身なんだよ〜。お土産でくれた明石焼きがね、すっごく美味しいんだ〜!」
「へぇ! そうなんだ! イントネーションが違うから。合宿中ずっと気になっててさー! 関西弁、可愛いなぁ」
「……そんな事無いですよ。えへへ」
「照れてる。可愛い。あ、仁花ちゃん。布団ありがとう」

 森然には宿泊施設が無いから、こうやって教室で寝泊りする事になっとる。数日間皆で過ごして、初めましてだった私も打ち解ける事が出来てきた3日目の夜。マネージャー用として与えられた教室で他の高校のマネージャー達とそんな会話を交わす。

 生川高校のマネである宮ノ下先輩が興味津々といった様子で私に尋ねて来たかと思うたら、何故か白福先輩が得意げに言葉を返す。そして、その言葉を聞いた宮ノ下先輩が可愛いと褒めてくれて、その言葉に照れていると烏野マネの清水先輩がにこやかに微笑む。…無理。麗しすぎる……。ここはお花畑か? そう思うてしまうくらい、自分の周りに居るマネージャーの顔面偏差値が高すぎる。

 お花畑から漂うええ匂いにクラクラして、逃げる様に清水先輩が声を掛けた方向へと向かう。

「やっちゃん。手伝うわ」
「みょうじ先輩! 私はもうそこら辺の村人だと思って下さい! それくらいが丁度良いので!」
「えぇ? 村人? 何ソレ? やっちゃんて面白いなぁ。ええよ。自分の分は敷き終えたし」
「ヒョエッ! 光栄でござります!」
「あはは、やっちゃん、言葉おかしいって!」

 そんな風に烏野のもう1人のマネであるやっちゃんを笑いながら布団を敷くのを手伝っていると宮ノ下先輩が「じゃーん!」という効果音と共に“いもポテト”と書かれた文字の下にブッサイクなキャラクターが描かれたポテトチップスを取り出す。

「あーポテチだ〜」
「皆で食べよ! ほら、なまえちゃん達もおいで!」
「はい! やっちゃん、行こう」
「はいっ!」

 そう言って私は再びやっちゃんと共にお花畑へと向かって歩きだす。



「こんだけ女子が集まってるんだからさ〜、する事と言えば、1つだよね!」
「だよねぇ」

 先輩達がニヤリと楽しげな表情を浮かべて、口を揃える。

「「恋バナ!!」」

 ほぉ。恋バナねぇ。恋バナかぁ。恋愛話……。

「なまえちゃんは!? 今好きな人居ないの?? ほら、前の学校に好きな人が居て、転校前に思いを伝えて……! みたいな! そういうの!」
「ぐふっ!? げほ!!」

 いきなりそんなぶっこみを受けて、口に入れたポテチがむせ返る。……宮ノ下先輩、なんでそんな的確な妄想してはるんですか。

「え〜その反応、怪しい」
「え、なまえちゃんは赤葦でしょ〜?」
「ぶふっ!」

 瀕死寸前にまで一気に追い込まれてしまう。白福先輩、意外とするどいんか……?

「他の、他の皆さんはどうなんですか?? 私、そっちの方が気になるなぁ〜……!」
「残念。なまえちゃん。私達の興味はなまえちゃんです。という事で、まずはなまえちゃんからいっちゃいましょう!」

 四面楚歌とはまさにこの事やな。そんな事を雀田先輩の援護射撃によって思う。逃げ場はあらへん。やって、ほんまに皆の顔が私に向けられとうし……。

「ええっと……。兵庫で好きな人が居ったんも当たりやし、赤葦くんの事も当たり……、です」

 白旗代わりにそう言うと、「きゃー!!」「まじか!!」「えっ、赤葦となまえちゃん、付き合ってるの?」「え〜、そこまでは行ってないでしょ〜?」「みょうじ先輩、大人……!」一気に盛り上がる女子マネ達。

「赤葦くんとはまだ付き合ってません……っ、」
「まだ! まだって事は告白はされてるの〜??」
「兵庫に居る幼馴染の事があるので、まだ返事は出来てません……。ちょ、もう恥ずかしいんで勘弁して下さいっ!」
「なまえちゃん顔真っ赤〜。可愛い〜!」

 そんな風に散々からかわれた後も女子の井戸端会議は進められ、夜が更けていく。


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