『新しい心地良さ』

 昨日は中々眠る事が出来ずに、新しい朝を迎えた。行ってきますと言いながら家から出ると、いつもと変わらず、そこに赤葦くんが居る。

「おはよう」
「おはよ、」

 挨拶を交わして2人でいつもの道を歩き出す。その道すがらで私は昨日必死に考えた事を話すために、口を開く。

「あの、赤葦くん」
「ん?」
「昨日の事、考えたんやけど……」
「うん」
「私、今まで侑の事しか見てへんやった。侑の事を必死で好きやった。そんで、それは苦しいモンで、多分それは侑も同じ。お互いがお互いを苦しめる存在なんやと思う。……でも、多分私はこれからも侑の事を好きで居続けてまうと思う。それでも、私が変わろうとする事で、違う道が見えてくるんかもしれん。それやったら、そっちの道に進んでみたいと思う。……赤葦くんが示してくれた道に進んでみたいて思う」
「ちゃんと考えてくれてありがとう」
「でも、それは赤葦くんの事を利用する事になるけど、ほんまにええの? 赤葦くんの時間まで無駄にしてまうかもなんやで?」

 自分の中での突っ掛かりを尋ねる。そんな私に赤葦くんは静かに頭を振る。

「無駄なんかじゃないよ。好きな人の隣に居れる時間は例えどんな結果になろうと、特別な時間に違いない」
「赤葦くん……」

 私には勿体ない人や。ほんまに。こんな人に好きて言われる私は恵まれとうなぁ。

「それに、」
「ん?」

 赤葦くんの表情が嬉しそうな、楽しそうな表情に変わる。

「惚れたが負けって言うでしょ?」

 赤葦くんがそう言って笑う表情がやけに色気があって、思わずときめいてしまう。

「ズ、ズルイ!」
「ふふ。俺もズルイ人ですから」

 赤葦くんの隣に居る事で、これからどうなるんか、それは分からん。そやけど、分からんからこそ、選んでみたい。そうする事で、私にとっても、侑にとってもええ結果に繋がるかもしれん。そんで、赤葦くんにとっても良かったって思える結果になれればええとも思う。



 日曜日からあまり良く眠れてへんせいで、授業中何遍も頭がカクついた。北先輩が知ったらどやされるなぁ。夢の世界が見える度に北先輩が出てきて、ハッとするような、そんな午前中を過ごしてようやく迎えたお昼休み。

「みょうじさん、ちょっと来て」
「? おん」

 お昼ごはんを食べ終わるのを見計らった様に赤葦くんから教室の外へと連れ出される。

「どないしたん? 何か話でもあるん?」

 連れてこられたのは人通りの少ない非常階段で。その階段に座った赤葦くんに倣って私も横に腰掛ける。何も話さない赤葦くんを不思議に思っていると私の首に手を添えて、赤葦くんの肩に寄りかからせる。

「みょうじさん、ここ最近眠れてないでしょ? 今日も授業中船漕いでた」
「……バレてたか」
「当たり前じゃん。俺はみょうじさんの事しか見てないから」
「えぇ? それはアカンくないか? 授業に集中してや」
「大丈夫。俺、成績良いから」
「そういう事とちゃうし」

 そんな会話をしながら私の首に当てられた赤葦くんの手が上下にゆっくり動く。その動きに呼応するように、私の瞼がゆっくりと下降していく。

「眠れてない理由に俺も含まれるだろうから。罪滅ぼし。時間が来たらちゃんと起こすよ」
「でも、赤葦くん。木兎さんが待っとるんとちゃう? いっつも昼ごはん食べた後バレーしに行くやん」
「良いよ。たまには。バックレても」
「ふは。赤葦くん、不良や」

 ガヤガヤと聞こえる人の声や笑い声。吹き込んでくる心地ええ風。撫でてくれる赤葦くんの手。その全てが段々遠のく。

「おやすみ」
 
 赤葦くんのそんな言葉を聞きながら、私は微睡みに落ちていった。



「あかーしぃ! お前今日何処に居たんだ? 教室探しても居なかったし!」
「ちょっと大事な用がありまして」
「俺、体育館でずっと待ってたんだからな??」
「すみませんでした。部活後の自主練にはちゃんと付き合いますので」
「まぁ約束してる訳じゃ無いから良いんだけどさぁ。……寂しかったんだぞ」

 部活に顔を出すなりショゲンとした顔でそんな事を言う木兎さんに申し訳なさを感じる。木兎さん、私が赤葦くんお借りしてたんです。……すんません。

「私も、今日はボール出しちゃんと付き合いますね」
「?? そっか! ありがとな、なまえちゃん!」

 木兎さんは直ぐに明るい表情に切り替えて部活を始め出す。そんな木兎さんにホッと胸を撫で下ろしていると赤葦くんから声を掛けられる。

「体調はどう?」
「赤葦くんのおかげで万全です!」
「そっか。良かった」
「ありがとう」

 赤葦くんの優しさは私に新しい心地の良さをくれる。


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