『ズルイ人』

 あれからお互いにあの時の事には触れずに過ごし、いつも通りに振舞う日々が続いたある日。いつもの様に木兎の自主練に付き合う赤葦とみょうじ。
 赤葦とみょうじは帰る方向が一緒という事もあり、今では2人で木兎の自主練に付き合い、そこから一緒に帰る事が当たり前になっていた。そしてそれは今日も例外では無く、木兎の散々の延長の申し出を受け、すっかり遅くなった時間にようやく「今日はここらへんにしとくか」という木兎の終了の言葉によって、部活が終わりを告げる。

 その言葉によってやっと体育館の中の騒がしさが幾分か落ち着く。そして騒がしさの中心に居る木兎が「プロテインのゴールデンタイム!」と叫びながらドリンクホルダーを持ってプロテインが置いてある場所へと駆けて行く。

 そんな木兎を見た後、赤葦は滴る汗を拭いながら出入り口に立って、流れ込んでくる風で熱を冷ましていた。

「プロテインってどんなの飲んではるんですか?」
「ん? 俺のは〜……」

 みょうじの問い掛けに対して、ガザガサと木兎が自分のプロテイン探し、プロテインが置いてある場所を漁る音が体育館に木霊する。そして「あっれ〜? ねえな……。誰か俺の勝手に飲んだのか??」という声が続く。赤葦はその言葉の後に続く言葉が容易に想像出来て、出入り口から踵を返し、木兎たちが居る場所へと向かって歩き出す。

「赤葦ぃ! 俺のプロテイン知らねぇか?」
「昨日、“今日の分で最後か”って言ってたじゃないですか。もう忘れたんですか」
「え……あっ」

 予想通りの問い掛けに用意していた言葉を窘めの言葉と共に返すと、そこでようやく前回自分がプロテインを飲み終えた事、買い足すのを忘れていた事を思い出す木兎。

「まじか〜……! あれ、駅近くのスポーツ店にしか置いてねぇんだよなぁ……。家と逆方向だし、滅多に行かねぇのに……」

 今度部活終わりに寄って帰るか……。そんな言葉をゲンナリとした様子で言う木兎にみょうじが「なら、」と言葉を続ける。

「今日は時間が時間やから行かれへんけど。明日でええんなら、帰りしなやし、私買ってきますよ」
「えっ! 良いのか!?」
「任しといて下さい」

 名乗りを上げたみょうじの言葉に木兎のテンションが一気に上がる。その様子を見たみょうじがにこやかな笑み浮かべて木兎を眺めていた。



 帰り道。2人で並んで歩いているとみょうじが「あっ」と思い出したように口を開く。

「赤葦くん。明日私スポーツ店寄るから、自主練早めに抜けさせて貰うかもしれへん」

 先程木兎とやり取りしていた内容を思い出したのか、そんな言葉を赤葦に向ける。

「あぁ、それ。良かったら、俺が行くよ。同じメーカーでも微妙にバリエーションが異なるし、俺が行ったらスムーズだと思うし。みょうじさんを送った後にでも寄れば良いから」

 赤葦も言葉を返す。木兎とみょうじがやり取りしていた時から思っていた事だった。第一、暗い時間帯にみょうじを1人にするのは不安だ。

「え、じゃあ一緒に行こうや。私もどれか見とったら次は1人で買えるやんか」
「……帰り、いつもより遅くなるけど平気?」

 赤葦の言葉に一緒に行こうと提案してきたみょうじ。そうする事で出てくる次の新たな不安点を挙げるとみょうじはこんな言葉で返してみせる。

「おん! 親にはちゃんとラインしとけば大丈夫やし、赤葦くんが一緒に帰ってくれるやん。せやから、大丈夫や」

 俺が居るから安心。そんな事を言われ、赤葦は体の中心がグッと熱を持つのが分かる。この人はあまり遠慮なく言葉を放ってみせる。簡単に人の心を掴んでみせる。それなのに、自分は心の中を見せてはくれない。赤葦はもどかしい気持ちを抑える様に冷静なフリをしてみょうじの提案を受けてみせる。

「分かった。じゃあ、明日の自主練はなるべく早く切り上げるから」
「ええって! 自主練に付き合うの、楽しいし。それにそないな事したら木兎さんしょぼくれるんとちゃう?」
「……みょうじさんは木兎さんの事理解するの早いんだね」
「あはは! まぁ試合とかで木兎さんの性格はある程度知っとうしな」
「まぁ、なるべく上手い具合に切り上げるから」
「うふふ。赤葦くんやったらほんまに上手い事やるんやろうな」
「……みょうじさんはプレッシャーかけるのが好きみたいだね」
「えぇ? ははは、どうやろな?」

 君はズルイ人だ。


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