『思いに触れてみたくなる』

 部活練習も終わり、用具の片付けや掃除をしている時。何十個とボールが入ったカゴを1人で押しているみょうじが目に入り、「みょうじさん、こっち終わったから、変わるよ」と赤葦は声かけた。

 そんな赤葦の姿を捕らえるなり、目を見開いてポカンとしてみせるみょうじ。何か自分の発言がおかしかったか脳内で反芻させるが不審な点は思い浮かばない。みょうじさん? と尋ねようとした矢先にみょうじの口が開く。

「え、セッターやのに……。大丈夫なん?」

 その言葉に今度は赤葦の目が開き、言葉を返すのに時間を要す。

「え? どういう事?」

 結局考えてもその言葉の意図は掴めなかった為、自分の脳内をそのまま口にする。するとみょうじがその言葉に至るまでの過程を説明してくれた。

「いや、ウチの……前の高校のセッターは“指が命や! セッターを大事にせえ!”とか言うてあんまり重たいモンは持たへんかったから。まぁその分先輩から掃除はさせられよったけどな」

 前の高校に思いを馳せて瞳を伏せていても、みょうじの表情からは楽しさが滲み出て、キラキラとしている。その顔を赤葦はジッと見入る様に見つめながら「……みょうじさんの高校に居たセッターは慎重派なんだね」と言葉を返す。少し棘のある言い方だったと自覚しながら。少しだけ、羨ましく思ったからだ。毎日顔を合わせずともみょうじの表情を明るくする事が出来る幼馴染の事が。しかし、みょうじはそんな赤葦の言葉にムッとするでも無く、嫌味のない笑顔を返してくれる。

「いやいや、そう言ってメンドイ事から逃げたかっただけや。アイツだらしないから。人から借りたモンも返さへんようなヤツやったし」
「……へぇ。そうなんだ」
「その点赤葦くんはええねぇ。教室でも思うたけど、全部ちゃんとしとう。全部真面目。んで大人。……アイツも赤葦くんみたいなセッターになって欲しかったわ」

 その言葉に赤葦はなんとも言えない気持ちになるのが分かった。みょうじさんが俺の事を褒めてくれている。その事が嬉しいと思うと同時に、何故俺とその幼馴染を比べるのだ。とそんな気持ちが沸きあがった。そんな2つの気持ちがない混ぜになったような、そんな気持ち。その気持ちを吐き出す様に赤葦は言葉を紡ぎ続ける。

「その幼馴染の事、好きなんだね」
「……えっ。な、なんで? 私、今貶してんで?」
「言葉ではそう言ってても、表情が。凄く楽しそうだったから」
「……どうなんやろうな。自分では分からへん。そないな事」
「みょうじさん?」
「あ、カゴ、私自分で運べるからええよ。ありがとう」
「えっ、あっ」

 その場に赤葦を置き去りにしてカゴを押していくみょうじ。なんとなく、これ以上は話さないという雰囲気がみょうじから醸し出された気がして、赤葦はその場から動く事が出来ずに、ただみょうじを見送るだけになってしまった。

 やはり、みょうじさんは寂しさに堪えているのだろうか。今でも前の高校に戻りたいと思うのだろうか。今になってそんな気持ちが蘇ってきて、それが赤葦を苦しめた。

 みょうじさんが築きあげた防波堤を崩さないように、などと格好付けた事を思っていたクセに。自分の良く分からない感情からみょうじさんを傷つけたかもしれない。どうして、他人の事に首を突っ込みたがってしまったのか。

 みょうじが大人と褒めてくれた自分の事が酷く滑稽に思えて、赤葦はその場に佇むしかなかった。


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