危険な提案

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 ここ最近、私の身に不思議なことが起こっている。

「みょうじさんが好きです!」

 好きです、付き合ってください――。こういう、告白の際に使われる言葉をこの数週間で色んな人から告げられた。理由は分からない。何も意識して変えた部分だってないのに。この先で起こるかもしれないイベントを、今の間に一纏めにされたんじゃないかってレベルで告白のオンパレードとなっている。そりゃあ好意を寄せられて嫌な気分にはならないけど。けれども神様。“ペース配分”ってものがあるでしょうよ――なんて小言を居るかどうかも分からない人物に言ってみる。これが嬉しい悲鳴ってやつなんだろうか。だとしたらワガママ言うなと返されるのかな。

「……ごめんなさい」

 好きですという言葉と同じ頻度で耳にする言葉。こっちは口馴染みもしてきだした。人からいただく好意をお断りするのは気が引けるし、一生懸命振り絞ってくれたかもしれない勇気に応えられないことは申し訳ないと思うけれど。その気持ちに引っ張られて「じゃあ、」なんて言ったところで、その先にある幸せを見いだせない。だから、ごめんなさい。

「なんで、って訊いても良い?」

 きた。この質問。告白なんてイベントが私の人生にほぼないに等しかったから、躱し方が分からない。“あなたのこと知らないから”って歯に衣着せぬ言い方するのもなんだか気が引けるし。適当な理由が見つからなくていつも困る。

「あー、えっと……」
「ごめん、こんなこと訊くの野暮だったな。悪い」
「ううん。こっちこそ、ごめんなさい」

 こんな良い人をフってしまって、私はなんて贅沢なんだろう。でも多分きっと、彼には私なんかより良い人が現れるハズだ。微力ながらそう願うことくらいはさせていただきたい。それにしても、今私に告白してくれた山田くんは優しいから良かったけど、前に告白してくれた花田くんは結構しつこく食い下がられて大変だったな。こんな時、何か決定的な断り文句でもあれば良いんだけど。

「おかえり。大変ですねぇ、みょうじサン。モテ期ですかい?」
「どうやらそうみたいです黒尾さん。これが過ぎたらむこう100年はこんな機会ないかも」
「世紀越えすんだ」

 クラスに戻り溜息を吐きながら席に腰掛けたら、私の後ろに座る黒尾から冷やかしに近い言葉で出迎えを受けた。さすがにこんなしがない女子高校生の私がこんだけ呼び出し喰らってたら目に付くか。

「で? また断ったのか?」
「うん。まぁ」
「カーッ。勿体ねぇなぁ。山田くん、優しいって評判の爽やかボーイなのに」
「は? なんで告白相手知ってんの? 黒尾、もしかして見てた?」
「見てた、じゃなくて、見えた、かな。海のとこ行く用事あったから。その帰りに」
「悪趣味め」

 そんな言葉を鋭い目つきと共に送ってみせるけど、黒尾は楽しそうに笑って受け流す。この余裕さが黒尾がモテる一因なんだろうなぁ。見た目も大人っぽいし。でもちゃんと接してみたら分かるけど、黒尾の中身は結構子供っぽい。1年の頃とかよくやっくんと張り合ってたし。まぁ3年になってからの黒尾は主将らしさも出てきたから、モテるのもちょっとだけ分かる。

「どうせ一時的なモンだろ」
「だろうね。嬉しいような悲しいようなだけど」
「ないものねだりはよしなさいよ」
「じゃあ好きでもない人と付き合えと?」
「そんな不誠実なことをしてはいけません」
「黒尾にそんな正しい心があったとは……」
「え、俺のことなんだと思ってる?」

 じっと見つめ、押し黙る。これが答えだと態度で示せば黒尾は「酷ぇ」と呆れ笑う。そのまましばらく黒尾を見つめていると今度は「……何?」と少し困惑の表情を浮かべる黒尾。

「黒尾ってさ、何故か分からないけど。理解は出来ないけど。なんでか結構告白されてるじゃん」
「どんだけ否定的」
「どうやって断ってるの?」

 告白を受ける側で言えば黒尾は私よりもずっとずっと先輩だ。張り合うつもりはないけど、なんかちょっと悔しい。でも、分からないことは先輩に聞くのが1番。そんな私の気持ちがモロに出ていたのか黒尾の顔が再びニヤリと歪む。あーはいはい。先輩の余裕ってヤツですか。腹立つなこのヤロー。良いから教えて欲しい。

「あらあら。お悩みですか、なまえちゃん」
「そうなの鉄朗くん。何か良い案ご教授くださいませんか?」
「えー、どうしよっかなあ?」
「早よォ教えんかい」
「怖い怖い。……ま、俺の場合は“バレーに集中したい”って理由があるしな」
「そうか。そうだよね」

 机に肘付いて、手のひらに乗せた顔は空に向いていて。窓から吹き抜ける風に黒尾の黒髪が遊ばれる。1つひとつが様になっているから、やっぱり黒尾がモテるのは仕方がないことなんだと思う。

「みょうじは部活してねぇし、勉強もそんな力入れてねぇし……理由ねぇ」

 目線だけ私に寄越すその姿すらムカツクけど格好良い。反射で言葉を返しそうになるのをグッと我慢して黒尾の思考の結果を待つ。そうすれば数秒ののちに「彼氏じゃね?」と黒尾が答えを生み出した。

「ん?」
「だから、彼氏が居るって言えば良いんじゃね?」
「それって、嘘吐くってこと?」
「まぁ。それが1番相手も傷つけねぇし、角も立たねぇし」
「てかさ、“好きな人が居る”じゃダメなのかな」
「んー、それよか彼氏持ちのが相手も諦め易いんじゃね?」
「なるほど。でも、それって相手どうすんの? 相手誰って訊かれた時“この人”って言える人私居ない。ごんのすけくらい」
「ペットじゃねえか。せめて人であれ」
「だって居ないし」

 社交的でない私が他校の人を好きだというのもちょっと無理があるし。通せなくはないだろうけど、その場しのぎの嘘は容易くバレる。黒尾の提案に頭を悩ませていると、「居るじゃん」と黒尾が簡単に言ってのけた。

「え? 誰?」
「俺」

 うわぁ、それは斬新なアイデア。目から鱗だ。黒尾か。確かに、黒尾なら今の成り行き全部知ってるし都合良い! ……いや、そうじゃなくて!!

「え!?」

 思いっきり溜めた後、盛大に驚く私をゲラゲラと笑う黒尾。だけど今の私は正しいリアクションをしたと思う。

「俺だったらイチから説明しなくても良いぜ?」
「いやうん、そうなんだけども! 黒尾が彼氏って答えたら私、女子から殺される!」
「んなワケあるかよ」
「んなワケあるの!」

 コイツ、自分がモテる人種って自覚あるの? モテるってことはそれだけ狙ってる子が多いってこと。そんな中で私なんかが黒尾の彼女ポジション分捕ったら殺されるに決まってる。

「大丈夫だって。俺から告ったことにして良いから。それに俺も彼女持ちって理由も出来るし。お互いに良んじゃね? うぃんうぃ〜ん」
「うーん……」
「俺としても助かるし。な? そういうことにしようぜ」

 なんだか丸め込まれたような感じで黒尾の提案を受けてしまった。この提案、本当に受けて良かったんだろうか。黒尾はウィンウィンと言うけれど、下手したら互いに負けを味わうことにならないかな。……うーん。明日からが怖い。
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