はじめっから2人きり

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「鉄朗っ!」
「え? なまえ?」

 鉄朗を追って辿り着いた時、丁度後輩の子が顔を俯かせて走り去る場面だった。そのシーンだけで鉄朗がどんな結果を出したか分かる。

「今回もなまえちゃんの名前借りましたよ。いつも悪いですネ」
「……」
「わざわざお迎えに来てくれたカンジですか? 嬉しいねぇ」

 ごめん、鉄朗。今までごめん。

「……っ!? おい、なまえ!?」

 鉄朗に抱きつくと慌てた声が降ってくるけど、それに構わず抱きつく。だって、鉄朗はずっと私のこと好きで居てくれて、私もやっと鉄朗と同じ気持ちになったんだから。……ずっと好きで居てくれたんだね。待たせてごめん。ごめん、鉄朗。

「ちょっ、ど、どうした? なまえ?」
「ごめん、鉄朗」
「え、え。ちょ、悪い。状況が掴めてねぇんだけど……」

 鉄朗の心臓がバクバク鳴っている。その鼓動を早めてるのは誰でもない、この私なんだ。

「鉄朗が私のことずっと好きで居てくれてたって知らなくて。そんな鉄朗に偽の彼氏役をお願いしてたなんて。私すっごい無神経なことしちゃってた」

 肩に置かれた手から力が抜けていくのが分かる。その手が離れることはなく、ゆるりと背中にまわされ抱き締め返される。

「……まじか。誰かに言われたパターンか。これ」
「他人に言われるまで鉄朗の気持ちに気付かないとか、ほんとバカだよね。私」
「や、俺もハッキリと伝えてなかったし。……伝わるように努力はしてたけど。何故かなまえにだけは届かなかったし」
「私、鈍いから鉄朗の気持ちにまったく気が付かなくて。鉄朗がどんな気持ちであんな提案してくれたのかも分かってなかった。そのせいで鉄朗のこと傷つけた」
「なまえちゃんがしおらしいとか。俺ムリだから」

 こんな時ですら私をおちょくるようなことを言う鉄朗。でも、もう私は知っている。こういう時の鉄朗は冷静さを保とうとしてるってことを。だって、私の心臓に負けないくらい煩いんだもん、鉄朗の心臓。だけどその音が堪らなく嬉しくて、もっと聞きたくて。より強く鉄朗に抱き着いて鉄朗の熱を味わう。

「鉄朗が私のニセ彼氏になることで、鉄朗の出会いのチャンスを潰しちゃうかもしれないと思った」
「ウン」
「だから鉄朗のこと、好きになっちゃいけないって思った。本当に好きな人に出会った時、ちゃんと離れられるように」
「なまえはまだそこに躓いてんのか〜って自分の努力不足を痛感しましたよ」

 背中をトントンと叩かれるのはあやされてるみたいでちょっとムッともするけれど。その手があまりにも優しいからされるがままにされておく。仕返しにぎゅうっと抱き締める腕に力をこめてあげれば、鉄朗の口から嬉しそうな笑い声が零れ落ちる。

「なのに、鉄朗が彼氏っぽいことしてくる度にときめいちゃって、気が付いたら鉄朗のこと本当に好きになっちゃってて。そしたら急に鉄朗が何枚も上手に見えて、悔しくて。仕返ししたくても響かないから、私のことなんかそういう対象として見てないんだって思った」
「……隠してただけだし。必死だったし。あんな提案した手前、取り繕うだろ」

 まぁ、隠せてねぇ時もあったけど。ちょっぴり拗ねの混ざった声を笑うと、それを咎めるように鉄朗の手に力がこめられた。

「なまえはそれにすら気が付いてなかったけどな」
「うっ」
「……まー、でも。そういう時に取り繕わずもっと、もっと素直に態度で示すべきだったのかもな。相手はなまえなんだし」
「バカにしていらっしゃる?」
「バカにはしてないけども。手強い相手だなって恐れ慄いた」
「それはどうもすみません」

 額を押し付け謝罪の意を示せば、鉄朗がくすぐってえと笑う。その声すら嬉しそうで、この人は本当に私のことが好きなんだなと痛感する。ひとたび気付いてしまえばこんなにも分かり易かったのかと思ってしまうから不思議なものだ。

「本気で好きな相手には全然器用になんか出来ねぇもんだな。結局まどろっこしい方法でなまえの傍に居ようとして。ダセェよな、俺」

 ああ、なんてこったい私達。2人してどんだけ遠回りしてるんだろうね。でも、ここに至るまで2人で歩いてきたようなもんだから、それはそれで良いのかもしれないね。

「好きなのに、本当の彼女になれないなんて、惨め過ぎるって思ってた。それが辛くて、辛いのに、傍に居たくて。離れられるようにしないといけないのに、離れたくないって思って」
「それ、解決策もう出てるな」
「うん。そうだね」
「なまえ。高1の時からずっと好きだった。なまえ以外の誰かと恋愛するつもりないし、出来ねぇ。だからどうか、俺をなまえの本当の彼氏にしてください。お願いします」
「ぶはっ、懇願スタイル」
「笑うなよなー。俺人生最大の告白なんだから」
「ふふっ、ごめん。鉄朗が急に同い年の男子高校生に見えちゃって」
「俺だってピッチピチの高校3年生ですぅ」
「うん、知ってる。中身結構子供だもんね」
「はぁ?? 俺の決死の告白スルーした上で煽りカマすスタイルですかぁ?」

 鉄朗カナシイ。いつぞやに聞いたセリフを吐いて、力いっぱい抱き締めてくる鉄朗。そうだった、まだ返事してないんだった。……どうしよう。今まで告白された中で1番嬉しい。

―「つーか、もし告白して来た人の中に良い奴が居たら、みょうじはどうすんだ?」

 前にやっくんから言われたっけなぁ。やっくん。良い奴居たよ。現れちゃったよ。その人はもう既に私の彼氏役だったよ。

―「クロって、みょうじさんが思ってる程器用じゃないよ」

 研磨くんはこうなること予測してたんだろうなぁ。だからあの時、私のこと観察するような目で見てたんだろうね。多分、私が気付くよりも先に私の恋心を見抜いてたのかもしれない。

 結局、はじめっから2人きりで始まった恋だった。鉄朗が育ててくれた恋心は、私に届けられ、ようやく2人だけの恋が出来上がって。もしかしたら熟成され過ぎて、甘いなんて通り越しちゃってるかもしれないけれど。その相手が鉄朗なら、それで良い。もうどんな仕上がりでも。それが良い。

「鉄朗。大好き。ずっと、私の傍に居て」

 2人してバカみたいに抱き締め合って、笑い合って。そんな瞬間も全部。全部全部幸せだ。

「はい、喜んで」

 だって、鉄朗が本物の彼氏として傍に居てくれるんだから。それだけで充分。
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