噂のマスク美女(?)

 スーパーカー隠岐の真相を確かめようと意気込んだあの日から数日。隠岐先輩は神社に現れず、空振りの日々が続いている。あの時隠岐先輩は“いつもは遅い時間に出ている”と言っていたし、あの日が特別だったというわけだ。……だけど、あれだけ嬉しそうに猫を撫でていたから、早めに登校するのかななんて思う気持ちもあった。まぁチャンスはまだまだあるし、また明日に賭けようと思いながら廊下を歩いていると「あっ、みょうじさんや〜。お疲れさーん」と向こう側から今しがた考えていた人物が姿を現した。

「隠岐先輩」
「ネコ、元気にやってる?」
「あ、はい。今日もこんな感じでした」
「うわー、めっちゃ可愛えぇなぁ」

 ええなぁ、と和む隠岐先輩は猫が嫌いになったというわけでもなさそうだ。「他にも撮ってる?」という問いに対し別の写真を見せると、隠岐先輩は廊下の端に寄りながらその写真をまじまじと見つめる。その移動に従って私も廊下の端で壁に寄りかかると「時間大丈夫?」と尋ねられた。隠岐先輩と猫トーク出来るなら、私の休み時間なんて全部そこに割ける。

「私は全然。隠岐先輩こそ、大丈夫ですか?」
「うん、教室すぐそこやし。ネコに浸りたい」
「あはは、隠岐先輩って本当にネコが好きなんですね」
「大好きやで」

 “大好きやで”は、猫に向けての言葉だ。それなのに満面の笑みで言われてバクバクしはじめる心臓は、あまりにも簡単なつくりをしていると我ながら思う。……いやまぁでも仕方ないよ。だってこんなイケメンに近距離で言われる言葉にしてはちょっと威力が大きすぎる。

「隠岐先輩って、朝弱いんですか?」
「ん〜? そんなこともないで?」
「そうなんですね」

 隠岐先輩の視線は未だ猫に釘付けだ。……今じゃないか? 今、あの作戦を実行するチャンスなのでは? 念には念を入れて――「こっちの写真、今日イチオシです」1番可愛く撮れた猫でもっと夢中にさせておこう。

「堪らん……。なんでこない可愛い子がこの世に存在するねん……」
「あの、隠岐先輩」
「んー?」
「隠岐先輩って――「あー! 孝くん居った〜!」

 彼女居るんですか、という問いは隠岐先輩に負けず劣らずの間延びした声によって掻き消された。その声は「探したんやで」と言いながらこちらに近付いて来る。パッと見つめた先にはなんと、マスクをした女性の姿。……ま、マスクをした女性……。

「スーパーカー隠岐……」
「なんて?」

 飛び出したワードに慌てて口を噤み、苦笑いで誤魔化す。隠岐先輩はこちらを不思議そうに見つめていたけど「孝くん、次移動教室やで」と女性に言われそちらへと意識が移ってゆく。

「そやった。はよ移動せんとまずいな」
「せやで。せやから孝くんの教材も持って来たった」
「うわー、助かるわぁ。ありがとう、ましろ」

 ましろ――そう呼ばれた女性は「なぁ、今日もボーダー終わったら一緒に帰れるよな?」と会話を前へと進めてみせる。それに対して隠岐先輩も「ましろもボーダーの日か」と言葉を返し、ぽんぽんと弾んでゆく会話。……なんだか、途端に1人ぼっちになったような気分だ。

「みょうじさん、今日のネコありがとう。おかげでめっちゃ癒されたわ」
「あ、いえ、」
「また今度見せたって」
「もちろん」
「孝くん、早く行かんと怒られるで」
「分かった分かった。みょうじさん、ほならまた」

 ましろさんに腕を引かれながら立ち去る隠岐先輩の姿をボーっと見送り、画面に表示された猫をじっと見つめる。休憩時間終了まであと数分の猶予。この時間分だけ隠岐先輩と話せると思ってたんだけどな。……なんて、そんなことを思ってもここに隠岐先輩はもう居ない。



「さっき隠岐先輩に会った」
「まじ? 朝会えない〜って嘆いてたよね」
「ネコトークで盛り上がれたんだけど」
「良かったじゃん! 久々の隠岐先輩、やっぱイケメンだった?」
「ねぇ、“ましろさん”って知ってる?」
「ましろ……あの人がそういう名前か知らんけど」

 隠岐先輩には幼馴染が居て、その人はボーダーに入隊する隠岐先輩を追って一緒に三門市に来たらしいと美玖から聞かされ、それは間違いなくあの人だろうと予測する。そっか、幼馴染か。だからあの距離感だったのか。そう納得すると同時に、幼馴染以上の感情をましろさんは抱いているんだろうとも勘付く。

「何、もしかしてなまえ、幼馴染に意地悪でもされた?」
「ううん。そんなことはされてないんだけど」

 会話に入って来たのもわざとだったなんて決めつけれないし、それに移動教室なら急がないといけないのも本当だっただろうし。……にしても、ましろさん、隠岐先輩にお似合いの美女だったな。色白で華奢で、なんというか守ってあげたくなるような雰囲気が醸し出されてて。隠岐先輩とましろさん、ああいう2人を美男美女っていうんだろうな。

「その人、隠岐先輩にベッタリって噂だから。何かされたすぐ私に言いな?」
「ありがとう美玖。……ていうか、なんでそんな噂に詳しいの?」
「花の女子高生ぞ? 噂なんて大好物だわ」
「なるほど」
「ていうか、なまえが鈍すぎるだけだから」
「……言い返す言葉はありません」

 あんなに格好良い先輩が居るなんて、まったくもって知らなかったし。隠岐先輩のこともっと早くに知れてたら、ましろさんとの関係ももっと深く探れていたのかな。
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