あなたのおかげ、あなたのせい

 隠岐先輩はましろさんに無事にプレゼントを渡せただろうか――。月曜日の朝に浮かぶ内容は、昨日が誕生日だったましろさんに関することばかり。幼馴染だし、渡せなかったなんてことはないんだろうけど。それに、ましろさんからしてみれば好きな人からのプレゼントだ。何を貰っても嬉しいに違いない。

「良いなぁ、」

 つい出た本音。それを受け止めるのは目の前で寝そべる猫だけなので、まぁ良いだろう。猫の背中をゆっくり撫でながらもう1度「良いなぁ」と吐き出した時。

「なまえちゃん」
「ましろさん……?」

 まさか。どうしてここにましろさんが――。思わぬ人物の登場にふと周囲に視線を散らすと、「今日は私だけ。孝くんは置いて来たった」と笑うましろさん。置いて来た……?
 ましろさんの言葉の意味がうまく掴めず、目を泳がし続けていると「なまえちゃん」とましろさんの声が意識を呼び寄せる。

「孝くんから誕プレ貰った。なまえちゃんも一緒に選んでくれたんやろ? ありがとう」
「いえ……。選ぶと言っても全然、」

 しどろもどろに言葉を返す私に、ましろさんはふわりと笑う。その様子を見ていた猫がましろさんに近付こうとしたので慌てて猫を抱きかかえると、ましろさんがもう1度笑って「ごめんな。ネコタイムの邪魔してしもうて」と謝罪してきた。

「直接お礼言いたくて。せやけどなまえちゃんの連絡先知らんし、ここなら会えるかなと思うて」
「なるほど……。ご丁寧にありがとうございます」

 猫を地面に降ろしゆっくりと背中を撫でた後、制服をパンパンと叩くと「もうええの?」とましろさんが問うてくる。ましろさんが朝の時間を使ってわざわざ私に会いに来た――それが、何を意味するのかは察しがつく。だったらこの場所はましろさんには良くない。その思いを視線だけで返すと、ましろさんは意図を理解してくれたらしい。

「ごめんな」
「大丈夫です。ネコとはまた明日も会えますし」

 手を洗いに行き、もう1回だけハンカチで制服を叩いた後ましろさんの傍へと近寄る。「話、あるんですよね?」と確信を得るようにして尋ねると「……うん。ええかな?」とましろさんは申し訳なさそうな表情で答えてみせた。



「私な、昔から孝くんのことが好きやってん」
「……はい」

 ましろさんと2人で登校するだなんて。予想していなかった展開にどこか他人事のような驚きを感じつつ、ましろさんの話へと意識を集中させる。隣でポツリと自身の想いを吐き出すましろさんからは、やっぱりどうしても“嫌な人”という印象は感じられない。

「ずっと孝くんの傍に居りたかったし、居続けるんが当たり前って思うてた」
「幼馴染、ですもんね」
「まぁ、私が幼馴染にしたみたいなとこあるねんけどな」

 そう言って笑うましろさんから、ようやくいつもみたいな雰囲気が零れ出る。多分きっと、今ましろさんは隠岐先輩との思い出を振り返っているんだろう。ましろさんにとって隠岐先輩は、それだけ大事な存在なのだ。そしてそれは、隠岐先輩にとってのましろさんも同じ。

「隠岐先輩も、ましろさんのこと大事に想ってるんだってことは分りますよ」
「ふふ、うん。……私も、大事にしてもらってるって思う」
「……ましろさん?」

 隠岐先輩の気持ちを分かった上で、私の言葉もしっかり受け止めるましろさん。だけど、その表情にはどこか寂しい感情も乗っているような気がする。

「せやけど。分かってしもうたんよ、お互いに」
「何をですか?」
「私の大事と、孝くんの大事はちょっと違うねん」
「違う……?」

 ましろさんの歩みが止まる。数歩遅れて立ち止まった私を見つめるましろさんの目を見た時、思わず息を呑んでしまった。その目は、いつも私がましろさんに向けていたものと同じだったから。

「私と居る時な、孝くん、なまえちゃんの話ばっかりなんやで」
「そんな……わ、私と居る時はましろさんの話ばっかです」
「それはな、なまえちゃん。きっと、孝くんなりに気を遣ってるんやと思う」
「どういう意味ですか?」

 孝くん、あの通りニブチンやから――そう言った瞬間、ましろさんの顔が一瞬だけぐにゃりと歪んだ。だけどそこから先は崩すまいと踏ん張るように唇を噛み締めながら、「なまえちゃんとの話を切らさん為に、共通の話題である私を引っ張りだしてただけや」と言葉を続けてみせた。

「そんなこと――「せやけど。私と孝くんはちゃう」……、」

 こんなに悲しい“幼馴染”という関係性の表し方があるんだろうか。私とましろさんは違う。その自覚を、ましろさんはきちんと持っている。持っているからこそ、ましろさんと隠岐先輩の会話の中に、私という存在がたくさん登場するというのがどういうことかが分かってしまうのだろう。

「ごめんな、なまえちゃん」
「え?」
「私も孝くんのこと大好きやから。食堂の時、なまえちゃんと孝くんの大事な時間やってすぐに分かったのに引かれへんかった」
「それは、」
「孝くんの気持ちが、なまえちゃんにぐんぐん向いていくのを止めたかった」
「ましろさん……、」
「でも。止められへんかった」
「……っ、」

 歪んでは耐え。歪んでは耐え。決して泣くまいとしているましろさんの表情を見ていると、私の方が耐え切れなくなってしまって、思わず涙を流してしまった。……ましろさんは、とても強い人だ。現に涙を一滴も落とさず「せやったら、私に出来ることはもう“背中を押すこと”だけや」と笑みに変えてみせた。

「孝くんに神社で待つよう言ってある」
「えっ?」
「せっかく来た道戻らせることになってごめんけど。孝くんの為に戻ってくれへんかな?」
「……分かりました」
「うん。ありがとう」

 ましろさんに近付き、離れる。そうして神社までの道を歩み始め、そこで立ち止まる。パッと振り返るとましろさんも私を見つめていて、数秒見つめ合う。……ましろさんは自分のことを“共通の話題”って言ったけど。

「ましろさんのことを話す隠岐先輩は、私が嫌な気分になるくらい楽しそうでした」
「ふはっ。……ハハッ、そっか。それは、あかんなぁ」
「……ましろさん。本当に、ありがとうございます」
「こちらこそ。孝くんのこと、よろしくお願いします」

 ましろさんのおかげで、私は隠岐先輩に出会えた。ましろさんのせいで、隠岐先輩のもとに向かうしかなくなった。ありがとう、ましろさん。……本当に、ありがとう。
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