致死量人物

 隠岐先輩と歩き辿り着いたのは大型の商業施設。隠岐先輩はここに来ることは決めていたらしく、道中はなんの迷いも見えなかった。だけど、中に入った途端「さて……」と呟き案内図と睨めっこを始めだした。

「今日ってなんの用事で来たんですか?」
「買い物もしたいねんけど、1番はましろの誕プレ買いたいなぁって」
「ましろさん」

 やっぱり今回も出ちゃったか。心の隅に影を落としつつ、「誕生日近いんですか?」と言葉を返す。隠岐先輩は尚も案内図を見つめながら「今週の日曜日やねんけど、もう毎年のことやから何を贈れば良いのか分からんくなってきてん」と独り言のように呟く。

「毎年かぁ……そっか、そうですよね」
「そこで! 救世主みょうじさんや」
「救世主?」
「ましろと同性やし、今どきの流行りとかおれよりも詳しいかな思うて」

 ひとまず雑貨屋かな――と段取りを決めたのか、「お待たせ」と言って歩き始める隠岐先輩。その背中に「で、でも私、誰かのプレゼントを選ぶようなセンスなんて」と縋るも、「じゃあ一緒に悩んでくれへんかな?」とお願いされてしまうと引き下がるしかない。

「ましろさんってピアスホールありますか?」
「いやぁ? 開けてへんとちゃうかな? あーでも時々耳飾りしてる時あるかも」
「耳飾り……」

 なんとなく“耳飾り”って言った隠岐先輩がおかしくて、つい吹きだすと「みょうじさんもツボ謎やん」とどこか嬉しそうに笑い返されてしまった。隠岐先輩の隣に居ると色んな気持ちになるけど、そのどれもが“楽しい”って気持ちに行き着くからすごい。

「あ、思い出したわ」
「ん?」
「こういうブレスレット、ましろ欲しがってたなぁ」
「わぁ、可愛い」

 陳列されているうちの1つを手に取り、それを腕に垂らしながら「可愛い〜いうて。何遍もおれのことチラチラ見てたわ」と苦笑を浮かべる隠岐先輩。……そうだよね。ましろさんとは私以上にこういう場所に行ってるよね。そんなことを思う私に気付かない隠岐先輩は「ましろの作戦勝ちやなぁ〜」と悔しそうな表情へと様子を変えている。
 
「ちょっと値段張るけど。誕生日やし、買うてあげるか」
「喜ぶと思います」
「ごめんな、みょうじさん。せっかく付き合ってもろうたのに。どうせ印象付けるんならもっと強烈にアピールしといて欲しかったわ」
「ふふっ。でもましろさんの欲しい物が分かって良かったです」
「ありがとう。ちょっと買うて来るわ」

 ブレスレットを手にレジに向かった隠岐先輩を見送り、店内をふらつく。隠岐先輩は今まで何度こういう場所にましろさんと来たんだろう。この街にましろさんと2人で来たことがない場所ってあるのかな。

「神社、」

 ポツリと出た場所。そこは、今まで1回もましろさんの姿を見たことがない場所。隠岐先輩と、私だけの時間。その時間にはどこか罪悪感も付きまとうけど、ここだけが私にとって隠岐先輩と2人だけの場所だって思ったら、どうしても手放したくない大切な場所だと痛感する。

「待たせてごめんな」
「買えました?」
「うん、おかげさまでバッチリやで」
「それは良かったです」
「ちょっと早いけど、夜ご飯食べへん? ここのフードコートにあるたこ焼き屋さん、むっちゃ美味いねん」
「関西人が褒めるんなら間違いないヤツですね」
「関西人のおれと、ましろが太鼓判押した絶品たこ焼きやで」
「食べたいです。お腹空きました」

 そして、その大切な場所は神社だけじゃ足りないとも思ってしまっている。例えましろさんと来たことがある場所だったとしても、それでも。隠岐先輩とならどこにだって行きたいし、共有したい。そう思ってしまうのは、もうどうしようもなく隠岐先輩のことが好きだからだ。



「あっ、ネコ!」
「嘘っほんまやぁ〜ネコやぁ〜」

 たこ焼きの美味しさを堪能し、食後の運動の意味合いを強めながら歩く帰り道。時間帯的に一か八かで通りがかった神社の石段に佇む猫を見つけた時は、“まるで私たちを待っていたみたい”だと思った。隠岐先輩と顔を見合わせ早歩きで近付くと、猫もまた“待っていた”と言いたげに体を摺り寄せて来た。

「こうやってみょうじさんとネコ触るん、なんや久しぶりやなぁ」
「そう言われると今日で3回目とかですかね」

 隠岐先輩との会話に夢中になっていると、猫が体を摺り寄せ“止めるな”アピールをしてくる。その様子に「ごめんごめん」と笑いながら手を動かし始めると、猫は気持ち良さそうに目を細め喉を鳴らし始める。……猫は良いなぁ。心を穏やかにしてくれる。

「……みょうじさん、写真撮ってもええ?」
「あ、ネコのですよね」

 前に私が隠岐先輩に対して言った言葉。隠岐先輩と違って勘違いなんてしないぞと自慢げに答えてみせると「ううん、みょうじさんのことも一緒に撮りたいねんけど。ええかな」とまさかの訂正をされてしまった。

「わ、私もですか? 私抜きの方が絶対良いですよ」
「そんなことないって。みょうじさん、ネコと触れ合ってる時めっちゃええ顔してるんやで」
「えっ?」

 猫を撫でる手を止め、隠岐先輩へと視線を移す。その先には膝を抱えてしゃがんでいる隠岐先輩の姿。隠岐先輩の視線はいつだって緩やかだけど、なんだか今はいつも以上に優しい眼差しを向けられている気がする。

「みょうじさんとネコ、おれにとって1番の癒し」
「……ネコだけでも充分だと思います」

 照れ隠しに返した言葉はちゃんと隠岐先輩に届いただろうか。好きな人にこんなことを言われて、嬉しくないはずがない。咄嗟に顔を伏せた私に、「ほんまやねんて。みょうじさん、1枚だけでええから」と楽しそうに笑う隠岐先輩の声が届く。……私にとって隠岐先輩は、致死量の感情を与える危ない人物だ。
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