Because you

「おかえりなまえ。委員会長かったねぇ〜。ご飯食べる余裕ある?」
「委員会はすぐ終わったんだけど、食堂で隠岐先輩に会って。そっから流れで一緒にご飯食べてきた」
「まじ? なまえ、なんか最近隠岐先輩によく会わない?」

 相手を認識するとそう感じるってだけかもしれないけど、美玖にそう言われることで“嬉しい”と感じる気持ちの方が強かったので、否定はしないでおく。それよりも続けざまに言われた「隠岐先輩と2人きりのご飯デート、どうだった?」という言葉に「2人きりの時間もありはしたんだけど……。途中でましろさんも来て、そこからは3人だった」と返事をすると、美玖の眉が途端に顰められた。

「またぁ? ましろさん、ほんとに隠岐先輩にベッタリなんだね」
「確かに、隠岐先輩と居る時ましろさんの名前を聞かない時はないかも」
「なんかさぁ、ましろさんって嫌な人じゃない?」
「どうして?」

 あれがわざとなら確かに“嫌な人”だけど。ましろさんからわざと私たちの間を邪魔してやろうという気持ちは感じられなかったし、“嫌な人だな”と思ったことはない。……正直言うと、“嫌な気持ち”にならなったけど。

「だって隠岐先輩が別の女子と2人で会話してるんだよ? 普通は空気読んで間に入らないようにするでしょ。それをしないのはわざとだって言われても仕方ないと思う」
「でも幼馴染だし、染みついた流れみたいなのがあるかも」
「幼馴染で隠岐先輩との距離感がバグってたとしても。なまえとましろさんの距離感は一般的でしょ? もしわざと入り込んだんじゃないにしても、そこからずっと居続けたのはやっぱりアウトだよ」
「そう、なのかなぁ?」
「大体、なまえが隠岐先輩とどういう気持ちで一緒に居るかくらい見てたら分かるじゃん」
「わ、私……分かり易いかな?」

 「分かり易い。でも論点そこじゃない」と軽く躱され心の中でショックを受ける。もしかして私の気持ちって、私よりも周りの人の方が先に気付いてたパターン……? だから時枝くんも私が隠岐先輩について尋ねた時、ぼかすような返事だったのかな。

「実際、なまえはましろさんの気持ちにすぐ気付いたわけじゃん」
「……うん。“あ、この人隠岐先輩のこと大好きなんだろうな”って。すぐ分かった」
「だったら逆も然りで、ましろさんだって気付いてるはずだよ。別にそれはなまえが分かり易いとか関係なく」

 美玖の言わんとすることも分かる。きっと、同じ人を好きだからこそ分かる何か――そういうものがあるんだと思う。それも分かるからこそ。……私のことを想って文句を言ってくれる美玖には本当に申し訳ないけど。

「だからこそ、なんだと思う」
「だからこそ?」
「だからこそ、ましろさんは不安になるんだと思う」

 好きな相手が誰かと同じという状況は、たくさん経験したと思う。そして、そこに今回私という分かり易い人間が現れ、自分は触れない猫という共通点で盛り上がっている。ましろさんの立場に立ってみると、それはものすごく不安を駆り立てられるものだろう。

「私はネコのおかげで隠岐先輩と仲良くなれた。だけどそれはましろさんが風邪を引いたおかげでのこと」
「きっかけはそうかもだけどさぁ」
「ないものねだりなんだよね。多分」
「ないものねだりねぇ……」

 ましろさんが決して嫌な人ではないってことは、ちょっとの関りだけど分かる。じゃないと隠岐先輩があんなに大事にしない。ましろさんも私も、似た気持ちを抱いてて、同じように焦ってる。だから私と似ているましろさんだけを“嫌な人”とは呼べない。それに――「好きな人が大事に想ってる人のことを悪く言いたくないって気持ちも、どこかにあるんだよね」なんて。聞く人が聞いたら偽善者だと思われるかもしれない。だけどこれも間違いなく私の本音だ。

「なんで隠岐先輩なんか好きになるかねぇ」
「……厄介な相手を好きになってしまいました」

 ほんとだよまったく、と溜息を吐く美玖に「ご迷惑をおかけします」と詫びると同時に鳴る予鈴。雲の上の存在だと思っていた相手を意識しちゃうし、意識したら忘れられなくなっちゃうし、気が付いたら大好きになっちゃってるし、大好きにならなかったら悩まずに済んだ人間関係に悩んじゃうし。ほんと、なんで隠岐先輩を好きになっちゃったんだろ。

 頭の中に浮かぶ隠岐先輩は、いつもみたいに私を見るなり「お疲れさーん」って言いながら緩やかに笑ってくれる。朝でも昼でも夜でも挨拶が変わらない先輩。猫を前にするとデレデレになっちゃう先輩。コンビニにあるおでんの美味しさを力説する先輩。幼馴染のことを大事に想って大切にする先輩。……そういう隠岐先輩だから好きになった。隠岐先輩だからこうやって胸を締め付けられるし、頭を悩ませてしまう。

 私は、隠岐先輩だから好きになったんだ。
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