icon審神者日和

 本丸に戻り、すぐさま手入れ部屋へと足を向ける。寝台に陸奥守さんを横たわらせ、佩刀していた刀を急ぎ刀鍛冶のもとへと持って行けば、あらかじめ状況を知っていたのか、刀鍛冶が鼻息荒めにその刀を受けとってくれた。

「え……ていうか……小さい……?」

 初めて会った刀鍛冶さん。その小ささに一瞬ポカンとしてしまったけど、今はそこに驚いている時間はない。「よろしくお願いします!」と頭を下げ、再び戻るは陸奥守さんのもと。刀が無事でも陸奥守さんの力が尽きてしまえば、陸奥守さんに会えなくなってしまう。それだけは絶対に駄目だ。陸奥守さんのことは、私が絶対に助ける。

「すまんのう、主。手を焼かせてしもうて」
「いいえ。これは私の役目です。陸奥守さんのことは絶対に守りますから、どうか安心してください」
「ははは、わしの主は逞しいのお。ほいたらちっくと休ませとうせ」

 ゆっくりと目を閉じ荒めの息を吐きだす陸奥守さん。その額には脂汗が滲んでいて、どれだけの痛みに耐えているかを痛感する。私に出来ることなんて限られているけど、絶対に助ける――。陸奥守さんを守るのが審神者である私の使命だ。



「主」
「ん……、」

 風邪ひくぜよ――優しく落ちてくる声に揺り起こされ、ふと目を開く。瞬間目に映るのは、陸奥守さんの着物。そのオレンジを捉えた瞬間、ここに至るまでの出来事がぶわっと蘇ってきた。慌てて頭を起こせば、「おわっ」と陸奥守さんの驚いた声がすぐ近くで聞こえてきた。その声に導かれ視線を動かすと、穏やかな顔色をした陸奥守さんが待っていた。

「陸奥守さん、」
「一晩中世話してくれたがかえ」
「私が出来ることなんて、」

 まだ少し血の滲む包帯を見つめぐっと唇を噛み締める。その様子を見た陸奥守さんが、少し困ったように頭を掻くのが分かる。

「……怖かったし、悔しかった」
「ん?」

 戦場特有のピリピリとした空気感が怖かった。戦場から少し離れた場所に居た私にさえ轟く音も、火薬の匂いも、人の叫び声や悲鳴も、何もかも。私の生きる時代には既になくなっていたものだったし、その場でただ1人、私は無力な存在だった。陸奥守さんは“あおいこ”と言ってくれたけど、正直私はそうは思えない。私は陸奥守さんに支えられている。そういう男士を願って顕現したけど、陸奥守さんと接したことで、その願いは確実に姿を変えている。

「私、もっとちゃんと強くなりたいです」
「……そうかえ」

 対等で居たい――その為には、私は審神者としてもっと強くならなければいけない。もっとたくさんのことを学んで、歴史を守ろうとその身を戦場へと向ける刀剣男士たちを支えたい。それが、私の今の願いだ。

「わしも、主に負けちょられんなあ」
「何言ってるんですか。私の方が陸奥守さんに追いつかないといけないんです」
「はははっ! 主は自分の強さに気付いちょらんようじゃな」
「私の……?」

 オレンジの瞳がじっと私を捕らえる。もう既に陽は落ちきってしまったというのに、まるでここだけ暖かな陽が灯っているようだ。その目に吸い込まれるように見つめていると、2つの夕陽はオレンジの弧を描いた。

「自分が弱いことを自覚して、それでも尚その弱さと向き合おうとしゆう。それが出来る人は、充分強いぜよ」
「弱くて、強い……」
「ああそうじゃ。主は弱くて強い。ほうやき、わしは主の為に動きたいち思うがぜよ」

 豪快に笑う陸奥守さんに口籠っていると、陸奥守さんがふとその笑いをおさめ再び私をじっと見つめてくる。

「わしもまだまだ弱い。一緒に、強くなっとうせ。それが、相棒ちもんじゃろう?」
「……はい!」

 支えられてばかりの相棒関係だけど、その相手が陸奥守さんだから。今はまだそれで良いのだと思える。そのうちきっと、本当の意味で対等に支え合える日が来るまで、陸奥守さんは私のことを支えてくれるのだろう。

「さーて。ほいたらもうひと眠りするかにゃあ。あいたはまた色々と仕事せんといかんき」
「……ですね」
「ははっ! 主、顔が思い切り歪んじゅう」

 きっと、明日も審神者日和だ。

  
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