icon生きて帰ればえい

 審神者生活3日目。寝惚け眼を擦りながら廊下を歩いていると、「おはようさん!」とカラっとした声で出迎えを受けた。

「おはようございます陸奥守さん。朝からお元気ですね」
「昨日はよう働いたし、寝る前にえい酒も飲んだきね」
「あはは。寝酒はほどほどにしてくださいね」
「ツマミに鯖の刺身でもあれば、もっと最高やったがやけどのぉ」

 くいくいっと手酌する陸奥守さんを笑い、調理場へと向かう。今日はこんのすけさん用の油揚げも用意しておこうと考えつつ、朝ごはんを用意していると匂いにつられた1振りと1匹が調理場に姿を現した。

「何を作りゆう?」
「今は味噌汁を作ってます。あ、こんのすけさん用の油揚げはきちんと取ってますので」
「本当ですか!」

 後ろで手と手を叩き合う音が響く。その音にふふっと笑みを零し、手早く準備を終え全員で囲む食卓。昨日とそこまで変わらないはずなのに、美味しいと思えるのは陸奥守さんとこんのすけさんが居てくれるからだ。ご飯を終えたら今日は何をしようかな――そう思い、ふと疑問が浮かぶ。

「あのこんのすけさん。私たちって、戦わなくて良いんですか?」

 昨日はひたすら畑仕事に精を出したけど。私がここに呼ばれたのは“歴史を守る為”であり、その為に陸奥守さんを顕現したはずだ。その疑問には「政府からの指令があれば戦っていただきます」という答えを返された。

「もうしばらくすれば、出動要請が来るようになるかと」
「なるほど。ちなみに、その要請はどうやって来るんですか?」
「主様の部屋に大きなモニターがあるのはご存じですか?」
「そう言われるとあったような……」
「そのモニターを使って政府からの指令や、実際の出陣先の確認をします」

 あとで一緒に確認しましょうと言うこんのすけさんに頷いていると、反対側に座る陸奥守さんの表情が曇っているのに気が付いた。顕現してから1度も明るい表情を崩さなかったのに、と少し気にかかって名前を呼べば、「誰かと戦うのはあんまりえいもんじゃないち思うてのぉ」と眉を下げ笑う。

「龍馬は“戦”よりも“話し合い”に重きを置いちう人やった。わしも龍馬の考えには賛成やった。そうやき、わしは正直戦いは好かん」

 坂本龍馬といえばいがみ合っていた薩摩と長州を結び付け、後々の江戸城無血開城へと歴史を繋げた人だ。確かに、坂本龍馬という人物からはあまり好きこのんで戦を行うというイメージは湧いてこない。とはいっても、陸奥守さんはその戦で本領を発揮する刀であり、それが存在意義のような部分だってある。

「やっとうは時代遅れじゃ。どういても戦わんといかんゆう時は拳銃があればえい」
「陸奥守さん……、」

 いつものようにカラっとした笑みで告げる言葉。私はそれになんと返せば良いのだろう。私も出来ることなら血生臭いこととは無縁でいたい。とはいえ、陸奥守さんの言葉に頷いてしまうとそれは陸奥守さん――刀剣男士の存在を否定することにもなってしまう。なんと返せば……頭の中でぐるぐる言葉をかき混ぜていると、「そがな顔しなや。これはわしの考えやき。全部が全部同意してくれとは言わん」と頭を掻きながら陸奥守さんが困ったように笑う。

「なんやすまんのう。辛気臭い空気になってしもうた」
「い、いえっ」

 2人して口籠り、その間をこんのすけさんのオロオロした視線が泳ぐ。どうにかせねば――全員の思いが1つに重なった瞬間、「あの!」「そうじゃ!」「指令です!」と各々の口から言葉が放たれた。……指令です?

「時の政府より指令が下りました!」
「指令?」
「指令は私にも直接伝わるんです。主様、確認に行きましょう」
「わ、分かりました」

 陸奥守さんに断りを入れ、こんのすけさんと一緒にモニターへと向かう。そうすれば真っ暗だったモニターには様々な情報が表示されていて、つい「うわぁ」と感嘆の声が漏れ出た。

「出陣先は戊辰戦争が行われている函館です。これから主様と陸奥守さんには明治時代へ行っていただきます」
「……陸奥守さん1人に戦わせるんですか?」
「本当ならもっと刀剣男士を顕現させた状態で、部隊として向かうのが望ましいですが……」

 私が新米審神者であるがばかりに、準備不足の状態で戦場に向かわなければならないということだ。戦力不足は主である私の能力不足。それを痛感し、唇を噛みしていると「行くぜよ主。必要な戦じゃ」という声が顔を上げさせた。パッと声のした方を振り向けば、戦装束に着替えた陸奥守さんが立っていた。

「大丈夫じゃ。わしはそがな簡単には折れんき」
「別の審神者の部隊も出陣します。ですので、私たちは危険と感じればすぐに撤退しましょう」
「分かりました……」

 陸奥守さんとこんのすけさんの言葉に頷き、私自身も準備を整え転送位置に付く。そうして目を閉じれば陸奥守さんを顕現した時のような光が私たちを包み込む。その光が消えるのを感じ、再び目を開いた時には見慣れない光景が広がっていた。ビルや車などはもちろんないし、聞いたこともない轟音が辺りから鳴り響いている。

「こん音……懐かしいのぉ」
「この音って、」
「大砲じゃ」

 陸奥守さんの言葉を掻き消すように再び鳴る地響き。思わず肩を跳ね上げる私に、「主様はこの場で待機していてください」とこんのすけさんがいつもより大きな声で告げてくる。戦場なんて生まれて初めてだし、下手に動き周ると流れ弾に当たりかねない。とはいってもここまで来て何もしないのももどかしい。私は、なんの為にここに来たのか。

「でも、」
「ここが本陣じゃ。そうやき主はここに駐屯して、わしの帰る場所になっとうせ」
「陸奥守さん、」
「がはは! なんちゃじゃない。わしには拳銃がある。それに、刀の振り方はこれでも得意な方やきの!」

 そう言って1人敵が居るであろう場所へと駆け出してゆく陸奥守さん。その背中を私は見守ることしか出来ない。なんて無力で、足手まといなのだろう。どうかご無事で――そう願うことしか、審神者である私には出来ない。



「主様! 陸奥守さんが重傷となりました! これ以上の進軍は危険です。直ちに退陣しましょう」

 こんのすけさんと共に戻って来た陸奥守さんの姿を見た瞬間、全身から血の気が引くのが分かった。陸奥守さんに駆け寄りその体を支えれば、陸奥守さんは申し訳なさそうに笑ってみせる。自身が傷を負ってなおこちらを気遣う陸奥守さんに対し、私は慌てふためくばかり。適切な対応をとらねば――そう焦れば焦るほど、体が硬直して言うことを聞いてくれない。どうしよう、どうすれば……。私のせいで陸奥守さんが……。

「なまえ」
「っ!」

 私の言うことなんて何1つ聞いてくれなかった体が、弾かれたように顔を上げる。その視線の先に居るのは、暖かな瞳を浮かべこちらを見つめる陸奥守さん。途端に込み上げてくる涙にはどんな感情が乗っているのだろう。私自身のことなのに何も分からなくて、縋るように陸奥守さんを見つめると、陸奥守さんはゆっくりと頷き「主がわしの帰る場所になってくれたおかげで、わしは折れずに戻って来れた」と力強い声で告げてくる。

「ひとまずは退陣じゃ。初陣はそううまく行かんもんやき!」
「ごめんなさい……私の力が足りないばかりに……」
「それは違うろ」
「え?」

 初めてはっきりとした否定を返され、思わず言葉に詰まる。その様子を見ていた陸奥守さんは私を諭すように「あん時、“対等の関係で居たい”ち言うたは主の方じゃろう」と問う。その問いに頷きを返すと「ほいたらこん戦果もおあいこじゃ。そうじゃろう?」と笑みと共に問いを重ねてくる陸奥守さん。……私は、本当にこの男士に支えられてばかりだ。

「今日は本丸に帰る。ほいでまた出直せばえい!」
「そうですね。今日の所は撤退しましょう」
「おう!」

 行きと同じように全員揃って本丸へと帰還出来た。それが何よりだ。

  
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