icon食う寝るところに住むところ

 昨日入った露天風呂の立派さが分かっているからこそ、私は馬小屋の存在や、今目の前に広がっている畑の広大さにはあまり驚かずに済んだ。とはいえ、隣に立つ陸奥守さんは初めての景色に目をらんらんとさせ、「こがな場所はワクワクするぜよ!」とはしゃいでいる。

「えいのぉ、えいのぉ! 新しいことはまっこと、楽しい」
「すごいなぁ、陸奥守さんは」
「ん? なんじゃあ? おんしゃは楽しくないがかえ?」
「楽しくないというか、本当に私なんかがやっていけるのかっていう不安の方が強いと言いますか」

 弱音をポロリと吐いて、すぐにしまったと口を噤む。主である私が、顕現した相手にこんな弱気なことを言ってしまうのは良くない。相手が神様であれなんであれ、私はこの本丸の主だ。誰よりも強く逞しくいようとする努力は必要だろう。

「なはは! ほいたらちっくとやってみるぜよ」
「やる……?」
「なーに、やってみらんことにはおんしゃの抱えちう不安も拭えんろう」
「はぁ、」

 背中をバシバシと叩かれ、その勢いのまま足を踏み出す場所は広大な畑。あらかじめ作物は植えられており、至る所で作物が実りを誇っている。美味しそうなトマトだ……と眺めていると「ほんなら、おんしゃはそっち側を頼むぜよ」と陸奥守さんに言われ、思わず「はい」と即答してしまった。陸奥守さん、私より主っぽい気がする……。これじゃあどっちが顕現された側か分からないな。

「駄目だ、しっかりしよう」

 確かに、他力本願な気持ちを抱いて陸奥守さんを顕現したけど。男士を顕現したからには私は陸奥守さんの主だ。きちんとしないと。その為にはまず、目の前に広がる畑の雑草抜きに集中せねば。



「お、終わったぁ……」
「疲れたのぉ〜……体がだらしい」
「お疲れ様でした」

 心地良い目覚めの合図だった鳥のさえずり。今度はそれをカラスの鳴き声に変え、1日の終わりを予感させる。落ち始めた夕陽が土を照らし、私たちをオレンジ色の労いが包み込む。2人だけで終わるだろうかと不安だったけど、どうにか畑全体を手入れすることが出来た。寝っ転がっていた体を起こし、畑全体を見渡せば、水に濡れた作物たちがキラキラと夕陽に反射して綺麗な景色を彩っている。……良い景色だ。

「出来たな」
「ん?」
「おんしゃも、ちゃんとやれたがよ」
「何をですか?」

 陸奥守さんも体を起こし、一緒に夕陽を眺める。陸奥守さんの瞳の色は、この夕陽の色に似てるなぁ。そんなことを思いながらじっと陸奥守さんを見つめると、陸奥守さんも私を見つめ「やっていけるか分からんちおんしゃは言いゆうけど、実際やれたやないがかえ」と笑ってみせる。やれた、というのは畑仕事のことだろうか。

「でも……これはその、なんというか、」
「あーもう、自分がやったことに大も小もない! えいか、何かをやったいうことは、まっことすごいことじゃ!」

 わさわさと頭を撫でられ思わず口籠る。そのまま陸奥守さんは「すごいぞ〜! おんしゃはすごい!」と両手を使って今度は勢い良く撫でてくるから、思わず「わっ、ちょっ、ちょっと!」と声をあげると陸奥守さんはそれに対してもおかしそうに笑う。陸奥守さんのせいで今日1番土に塗れてしまったじゃないか。「陸奥守さんっ」と思わず語気を強めれば、ようやく陸奥守さんは「すまんすまん」と言いながら土を払ってくれた。そこで互いが同じくらい土で汚れていることに気が付き、2人でケラケラと笑い合う。

「初期刀が陸奥守さんで良かったです」
「ほうかえ! そいたらわしもすごいいうことやにゃあ」
「あはは! ですね、陸奥守さんすごい!」
「おわっ、わはは! 主、仕返しはやめとうせ!」

 少し上にある頭をわしゃわしゃ、と撫でると、陸奥守さんは照れ臭そうに、だけどとても嬉しそうに笑ってされるがまま。その姿がなんだかとても可愛らしくて、私はふとこんなことを思った。

「あの、陸奥守さん」
「ん? なんじゃ?」
「私は審神者で、陸奥守さんにとって主です」
「そうじゃのお」
「だけど、出来ることなら私は陸奥守さんと対等で居たい……って、私が言って良いのか分からないんですけど」

 相手は神様だし、きっとそういう位は陸奥守さんの方が上だろう。だからこれは私の願いだ。「陸奥守さんが良ければ、ですが」という言葉と付け加え、陸奥守さんの返事を待つ。そうすれば陸奥守さんは両手を組み、私の顔をずいっと覗き込んでくる。その顔の近さにビクっと驚くのと、陸奥守さんが相好を崩すのは同じタイミングだった。

「わしはおんしゃが気に入った。わしの主は主やき、主がそれを望むのなら、わしはそれに従うぜよ」
「あ、えっと、その……従うっていうか、その」
「分かっちゅう。これはわしの望みじゃ。嫌じゃち思うことがあればちゃんと言う。主もそれでえいがかえ?」
「……はい!」

 主従関係はあれど、それを強制するものとして使うのではなく、あくまでも対等な関係で居られる場所。この本丸はそういう場所にしたい。その願いを陸奥守さんは受け入れ、それが自分の望みでもあると伝えてくれた。そのことがとても嬉しくて、「私たちは良い相棒になれますね」と笑いかけると陸奥守さんがポカンと口を開けた。

「あ、ごめんなさい……いきなり厚かましかったですか……?」
「あぁ、いや。……相棒いう響きはえいなぁち思うて」
「そ、そうですか……?」
「わしと前の主も、そういう関係になれちょったやろうかち、ちっくと思うての」
「前の主?」

 陸奥守さんの言葉をなぞると、陸奥守さんは遠い昔を懐かしむように目を閉じ「わしの昔の主は、坂本龍馬ちいう幕末の志士じゃ」と驚くべき名前を口にしてみせた。その人物名を聞いて「誰?」となる人はこの日本に1人も居ないのではないだろうか。

「えーっ!? さ、坂本龍馬!?」
「なんじゃあ、主。龍馬と知り合いか?」
「いやいやいやっ! さ、坂本龍馬の次の主が私で……良いんですか……?」
「まーた。こん主は、どういてほがなことばっかし言うがよ」

 ジト目を向けられるけど、こればかりは無理だ。だって……だって……! あの、あの坂本龍馬の次がこの私……? こんな、審神者ピヨピヨの……。さすがにどうしたって比べてしまう。まさかの人物にあわあわしていれば、陸奥守さんから軽いチョップが飛んできた。

「イデッ」
「えいか。確かに龍馬はすごいヤツじゃった。ほやけど、主に龍馬みたいに振る舞えとも、ああなれとも言わんし求めん。龍馬は龍馬で、主は主やき」
「……はい」
「主はただわしの相棒になっとうせ」
「……はい!」

 あぁ、やっぱり。私の初期刀に陸奥守さんが現れてくれて本当に良かった。うじうじ悩んでばかりの私に、陸奥守さんは審神者としての力を与えてくれる。私は私のままで、なりたい審神者になれば良いのだと自信をくれる。……私は、とても良い相棒に出会えた。

「さーて、ほいたら次はめしじゃ」
「お腹空きましたね」
「にゃあ。働いた後のめしはげに美味いきの」

 手を取り合い2人で立ち上がって本丸へと歩き出す。昨日はこの本丸の大きさに恐れ慄いたけど、陸奥守さんが居る今となってはもうこの本丸でさえ味方に思えるから、不思議なものだ。

  
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