icon初期刀、陸奥守吉行

「おはようございます。主様」
「あ、おはようございます」
「昨日は眠れましたか?」
「ええもう、ぐっすりと」
「それは良かったです」

 昨日は時間が遅めだったのもあり、お風呂に入って眠ることにした。案内された露天風呂の立派さに驚いただけでなく、そのあとに案内された審神者専用の部屋の豪華な作りに口をあんぐりと開けたのは記憶に新しい。「こんな立派な部屋じゃなくても」と辞退申し出る私に対し、こんのすけさんは「そこまで大きな部屋でもないですよ」と笑って躱してみせた。もしかすると他の本丸はもっと立派な作りなのかもしれないと思うと「そんなことない」とも言えず、私は大人しくその部屋に準備されたふかふかの布団で睡眠を取ることにした。

「では私はこれから政府に報告に行って来ます。また明日こちらに顔を出しますので」
「分かりました。よろしくお願いします」

 こんのすけさんとおやすみを言い合ってから数秒。そこから先の記憶は私になく、気が付いた時には鳥のさえずりが響く良い朝を迎えていた。遠慮していた立派な部屋で、どうやら私は大爆睡をかましていたらしい。……こうなれば開き直ろう。私の部屋は、とても良い部屋だ。その気持ちと共に伸びを行い、調理場で軽く朝ごはんを作り広めの部屋でそれを食べていると、どこからともなく姿を現したこんのすけさんから挨拶をされペコリと会釈を返す。ぐっすり眠れたという私の肌艶の良さを見て、こんのすけさんがふふふとおかしそうに笑う。そしてすぐに鼻をヒクヒクと動かし、何かの匂いを感知したこんのすけさんは目を閉じ匂いの正体を探りはじめた。

「この匂いは……油揚げ」
「お味噌汁の具に使ったんです。良かったら食べますか?」
「良いんですか!?」

 目をキラキラと輝かせるこんのすけさんに油揚げを差し出すと、こんのすけさんは嬉しそうにその油揚げに噛みつく。そうしてしばらく1人と1匹でご飯を堪能し、締めのお茶で喉を潤しているところで「さきほど時の政府の正式な承認が下りました」と言いながらこんのすけさんが巻物を差し出してきた。

「これで私も本当に審神者として働くわけですね」
「はい。さっそくではありますが、主様にはこれから初期刀を選んでいただきます」
「初期刀、ですか」

 昨日聞いた“顕現”とやらを行うのだろう。まだ話を聞いただけでどうするのかは分かっていないけど、とりあえず鍛刀部屋に行けば良いのだろうかと腰を上げると「お待ちください」とこんのすけさんから待ったがかかった。

「初期刀は既にこちらで準備してあります」
「あ、そうなんですね」
「初めて審神者になられる方用に、初期刀はあらかじめこちらで比較的扱いやすい刀を準備することになっています。なので今回主様にはこの刀を使用していただきます」
「なるほど……。じゃあどんな男士が来るかももう決まってるってことですね?」
「ある程度は、ですが。その中から誰を顕現するかは、主様の気持ちにもよります」
「気持ち……」

 どういう人物と出会いたいか――その審神者本人の気持ちもこの顕現の力には作用されるのだという。どういう人物……か。そう言われ頭の中で希望を何個か挙げてみることにする。審神者という職? は初めてで分からないことだらけだし、出来ることならおおらかな男士であって欲しい。それと色々と失敗もするだろうから、それを笑ってくれるような男士だとこちらとしてもありがたい。あとは――なんというか……迷ったり悩んだりするであろう私を明るく受け止めてくれる男士だと嬉しいな。……なんて、こんな他力本願みたいな願いばかりで良いのだろうか。

「準備は良いですか? それでは、お願いします」
「はい……。やって、みます」

 目の前に準備された刀。それに両手を添わせ目を瞑る。こんな頼りない審神者ですが、どうかアナタのお力を私にお貸しください――そう願った瞬間、刀が光りだし、辺り一面を大きな光が包み込んだ。

「うわっ、」
「ん〜っ! なんじゃあ、新しい世界じゃのお」
「ほ、本当に出た……」

 瞑っていた目を開いたら、目の前に本当に刀剣男士が現れた。大きな伸びをしたあと、本丸をぐるぐると見渡しているその男士の腰には先ほどこんのすけさんに渡された刀が差されている。この場合、本体は刀の方ということだろうか。

「おめでとうございます。主様の初期刀は陸奥守さんになりました」
「陸奥守さん、」
「おっ、おんしゃがわしを呼んだがか。初めましてじゃのお。わしは陸奥守吉行じゃ」
「みょうじなまえです……」

 陸奥守さんはオドオドとした私の態度など気にもせず、ニカっとはにかんだあと「拳銃もあるがかえ! えいのぉ!」と楽しそうな様子。本当に私の願い通りの明朗快闊な男士が現れたとホッとしていると、こんのすけさんが「主様、1つ忠告しておきます」と陸奥守さんに聞こえないように囁いてきた。

「なんでしょうか?」
「刀剣男士とはいわば付喪神です。神である彼らは、主様よりも強い霊力を持っています」
「ほぉ、」
「そんな彼らに自身の名前を知られるということは、主様の核を掴まれるのと同意義だと思ってください」
「核を掴まれるとは?」
「主様を意のままに操れるということです」
「へっ!? ほ、本当ですか……? 私今、普通に名乗っちゃいました……」

 そんな大事なことは早く言っておいて欲しい。もう既に私は陸奥守さんから操られてもおかしくないということだ。顕現した相手に操られるだなんて……というか私は神様を顕現したのか……。私に秘められた力って一体なんなんだ……恐ろしい。

「まぁそんなことをする男士はほとんど居ないと思いますし、名前を知ることでより強い結びつきを得られるのも事実ですので。あくまでも注意してくださいというレベルの話ですが」
「分かりました……。気を付けます」

 ゴクリと生唾を飲み込む音を鳴らし、恐る恐る陸奥守さんを見つめる。そうすれば陸奥守さんも私を見つめ、「主! わしの役目は分かっちゅう。そやけど、まずはこん本丸のことを教えとうせ」とこちらの畏怖など吹き飛ばすかのような笑みを向けてきた。

「わ、私も昨日来たばかりで……」
「なんじゃあ。ほいたらわしと一緒にこん本丸を冒険じゃ! そこの狐さん、案内役しとうせ」
「分かりました。あ、陸奥守さん。私の名前はこんのすけと申します」
「こんのすけ、えい名前じゃのお。ガハハ! これからよろしく頼むぜよ」

 さっき、私も自分の名前を名乗ったはず。それでも陸奥守さんは私のことを“主”と呼んだ。それはきっと私の名前を陸奥守さんが呼ぶことでどうなるかを分かっているからだろう。陸奥守さんの気遣いか感じ取れた瞬間、私の中にあった怯えが消え去るのが分かった。こんのすけさんは名前を教えることの懸念を伝えてくれたけど、私の中に不思議と後悔は残っていない。

「主! はようおいで」
「あ、はい」

 これから審神者として過ごす日々はきっと、色々とドタバタするのだろう。だけどひとまず、初期刀の顕現は大成功だ。

  
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