差し出される手を握る

「なんでこんなもんしかねぇんだよ!」
「うぐッ、」
「お前はなんの為に生きてんだよオイ!? 俺を生かす為だろうが!」
「もう、やめろ……ッ!」
「老いぼれジジイはとっととくたばれ! この穀潰しが!」

 今日は一段と凄まじい。一体何が気に入らないのか、いつもと変わらない量で用意したご飯を父親が投げつけ、その勢いのまま私たちに殴り掛かる。……もう嫌だ。……誰か、誰か助けて――。

「誰か……ッ、」
「大丈夫かい?」
「あなたは……、」

 助けを求め家を飛び出すと、足の手当てをしてくれた男に出くわした。確か――「つ、るみさん、」男の名を呼べば、鶴見さんはそれだけで事情を察したらしい。「一緒に行こう」と手を取り導いてくれた。その時点で既に限界だった私は、その手を引かれるまま鶴見さんのあとを必死に追った。

「キミ……えっと、」
「みょうじなまえです」
「なまえくん。キミはここに居なさい」
「でも、」
「大丈夫。大丈夫だから」

 鶴見さんが私の肩に手を置く。合わされた瞳は、とても力強くて。その強さに縋るように「助けて下さい……」と心の底からの願いを吐き出した。……助けて。私を……私たちを……助けて。
 しっかりと頷く鶴見さんの顔を、月明かりが神々しく照らしだす。鶴見さんを見送り、固唾を呑んでいると家の中で1発の銃声が響いた。その音に慌てて駆け寄る私を「来てはいけない!」と戸の向こうから響く鶴見さんの声が止める。

「鶴見さん……」
「……止めようとしたんだが、」
「……おじいちゃん? おじいちゃん!!」

 鶴見さんが出て来た戸の向こう。そこには血の海に横たわる2人の姿があった。つん、と鼻をつく匂いに今目の前で起こっていることが全て現実なのだと思い知る。月の光が差し込み照らされた惨劇。思わず鶴見さんに抱き着き嗚咽を漏らせば、鶴見さんは私の背中を擦りながら「私が、なまえくんだけは助けるから」と宥めてくれた。



「おじい様はなまえくんを助けようと必死だった」
「じゃあ……おじいちゃんが父親を……?」
「その後、“なまえを頼む”と言って自ら……」
「そんな、」

 鶴見さんがその後の手続きや処理を全て行い、私は鶴見さんに引き取られ北海道に身を寄せることになった。そうしてしばらく経った頃、おじいちゃんと父親の最期を鶴見さんの口から知る。思わず言葉を失う私に対して「なまえくん。私に、力を貸してくれないか」と鶴見さんが自身の願いを口にする。

「私なんか……何も、」
「私は見ての通り軍人だ」
「……はい」
「その銃の腕を、私の為に使って欲しい」
「でも……。私が入隊なんて、」
「大丈夫。そこは私がどうにかする」
「……私は、女ですし、」

 女の私が戦いの場に出るなんて――許されるわけがない。そう言葉をまごつかせていれば「女が戦えないなんて誰が決めたんだい?」と鶴見さんの言葉が顔を上げさせる。

「歴史を見たまえ。戦地で奮闘した女性は、決して少なくない」
「……ですが、」
「なまえくんは、父親の暴力と必死に戦ってきたじゃないか」
「でも結局私は……」
「おじい様に救われたように、なまえくんもその腕で色んな人を救って欲しい。なまえくんにはその力があるのだから」
「鶴見さん……、」

 すっと差し出される手。この手を握らないと、私は弱いままだ。私を強いと言ってくれた鶴見さんの為にも。私を救ってくれたおじいちゃんの為にも。私は、この手を握らねば。

「よろしくお願いします」
「……ありがとう、なまえくん」

 そう言って握りしめた手は確かに温かかった。「今日から私が、なまえくんの居場所となろう」――そう言って微笑む鶴見さんの顔は、確かに優しい笑みを浮かべていた。




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