真心

「すまない」
「いえ」
「……えッ!?」

 ぶつかった後に驚くなんて順番がおかしい。変な人だなぁと見上げれば、その人は爽やかな顔に“驚愕”という文字を浮かべ私を見つめ返してきた。

「君……失礼だけど、女性だよね?」
「そうですが」

 あぁ、そういうことか。もう随分と慣れたと思っていたけど、この男は私という存在を今日知ったらしい。
 ここに居るうちの何人かは、私の性別を確認するなり嘲笑を投げつけてくる。嘲笑で留まるならまだ良い。中には侮辱するような言葉を続ける人も居るので、そういうやつには急所にお礼を贈ってやるようにしている。――さて、コイツはどう出るか。右足に力を込めた時、自身の気の強さを自覚して笑みが溢れそうになった。……そろそろじゃじゃ馬と陰口を叩かれるのも甘んじて受け入れるべきか。

「どうして女性の君が……」
「何? 私がここに居たらアナタに迷惑でもかけるの?」
「……い、いやッそういうわけじゃ……!」

 両手をブンブンと振って、「気を悪くしてしまったのなら謝るよ」とその男は困ったように眉を下げた。そんな風に素直に謝られるなんて初めてのことで、私は虚を衝かれたような気分になる。

「私は花沢勇作と申します。もし良かったら君の名前を聞いても良いかい?」
「……みょうじなまえ、です」
「みょうじさん。とても良い名前だね。戦友として、共に頑張ろう」
「……戦友?」

 花沢勇作と名乗る男は、ニカっと歯を見せ「あぁ。私たちは命を預け合う戦友だろう?」と力強く言葉を放つ。……この人はきっと、人生そのものが光り輝いているのだろうなと思った。人間の暗い部分なんてまるで存在しないかのような表情で、その光を無防備に晒してみせる。きっと、祝福されながら生まれ、生きていることが正しいことだと肯定され続けた人間だ。

「みょうじさん? どうかしたのかい?」
「……いえ、」

 心の底から心配そうに顔を覗き込むこの人からは、真心しか感じられない。そのことに、妬ましい気持ちが湧かないと言ったら嘘になる。

「みょうじさんはどこに属しているんだい?」
「狙撃手です」
「えッ! じゃあ兄様と一緒じゃないか!」
「兄様?」

 たちまち瞳を輝かせる勇作さんは、自身の兄だという男――尾形百之助について延々と語り始める。尾形百之助――。そういえば確か、よく独りで居る男が狙撃兵の中に居たな。その男の名前がそんな名前だったような気がする。……勇作さんとはまるで正反対な男だったけど。よく見れば顔立ちが似ているような……似てないような。

「勇作さんは……あの人――尾形とは」
「なんだい? 私と兄様がどうかした?」
「……ふふッ。なんでもないです」
「えッ、気になるじゃないか」

 そう言って私の言葉を急かす勇作さんに笑って誤魔化し、「そろそろ」と告げれば勇作さんもハッとした顔つきなる。そうして再び「足止めしてしまってすまない」と詫びを入れる姿に、良い人なんだなと素直な感想を抱く。

「もし良かったら、今度時間のある時にでも兄様の話を聞かせてくれるかい?」
「ふふッ、はい」
「良かった……! ではまた、みょうじさん」

 はじめの言葉だけで“どうせこの人も”と思ってしまったけど、勇作さんは他の人とは違った。……ちゃんと話してみないと人となりは分からない。もう少しで私は、私自身が嫌う“見た目で人を決めつける人間”になるところだった。それに気付かせてくれた勇作さんにきちっと頭を下げれば、勇作さんも同じように頭を下げ返してくれる。

 この人となら、仲良くなれるかもしれない――。そう思った気持ちは、私の真心だ。




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