手を伸ばす手助け

 殺したい――。お腹が空く度、体が痛む度、その思いがむくむくと膨らんでゆく。ぐぅと空腹を訴えるお腹を力なく殴り、行き場のない思いをうめき声に乗せて吐き出す。

「……もう嫌だ」

 必死に私を逃がしてくれたおじいちゃんは、今頃自分の息子に殴られ続けているのだろう。それを止めることも出来ない私は、歯痒い程に無力だ。いっそのこと、この銃で……頭の中で何度も想像した場面。それを頭の中だけに留めているのは、おじいちゃんが居てくれるから。この銃は、生きる為に与えられたものだ。

「生きないと、」

 腹に力をこめて、空を自由に飛ぶ鳥に狙いを定める。そうして奪った命を大事に抱えこんだ時、「お見事」と言いながら男が手を叩き近付いて来た。初めて見る男に呆然としている私に、「失礼。お嬢さんの狙撃があまりにも素晴らしくて」と男は仰々しい態度で言葉を継ぐ。

「足をケガしているのかい?」
「……別に、」
「良かったらコレを」
「…………ありがとうございます」

 素直に差し出された手ぬぐいを受け取ると、男は穏やかに笑って「こちらへ」と手招きする。2人して隣り合うように近場の階段に腰を据えたら、「失礼」と言いながら男が傷だらけの私の足にそっと触れてきた。

「……この傷は、一体いつから?」
「いつから――というか、」
「……周りに助けてくれる人は居ないのかい?」
「居ない。……おじいちゃんも苦しんでる」

 男は手当てを終えた後、自身の名を“鶴見篤四郎”だと名乗った。そして「また様子を見に来るから。何かあったら助けを求めなさい」と言葉を残し、立ち去って行った。……助けを求めるだなんて、どうやって。助けを求めた所で、誰も相手にしてくれないってことを私はもう嫌という程学んでいる。……どうせあの人だって、言葉だけで何もしてくれないに決まっている。



 今日は銃を持ち出す気力すらなかった。鶴見という男が施してくれた手当てなんてまるで意味がないのだと思わされる程に、新たに刻まれた傷やアザ。命からがらで抜け出す家に、生き延びるために命を奪って帰らないといけない。……一体、私の行為にはなんの意味があるのだろう。

 それでも、家におじいちゃんが居る限りは戻らねば。何か食べられるものを持ち帰らねば。おじいちゃんを想って必死に足を前に出そうとしても力が出ない。ふらつく体を支えることも出来ず地面に倒れ込んだ時、「おいッ! 大丈夫か!?」と慌てた声と共に誰かが近付いて来た。力強い腕で私を抱き起し、「しっかりしろ」と声をかけ続ける。……なんて強くて優しい声なんだろうか。

「……う、」
「良かった……! 腹減ってんのか。コレ、食えるか?」

 声に導かれゆっくりと目を開ければ、男の顔は逆光でよく見えなかったけど、口元に何かを差し出されているのは分かった。必死に口を動かすと、口の中に広がる甘味。すっかり干からびたと思っていた唾液が口内を覆い、それを求めるように男の差し出す何かを必死に咀嚼した。

「美味しいだろ? 今ある干し柿全部、お前にやるよ」
「……でも、」

 たった今会ったばかりのこの人は、どうして私にこんなに優しくしてくれるんだろう。その優しさが理解出来なくて、少し怖ささえ感じてしまう。警戒するように顔を見つめた私に「誰も手を差し伸べてくれねぇのは、辛いよな」としんみり言葉を吐き出す男性。その言葉には切実さが込められていて、逆に心配になった。その感情を男性は読み取ったのか、頬を掻き「もし、俺に何か出来ることがあるなら。言ってくれ」と照れを滲ませつつも力強く言葉を差し出してくれる。この人は、やっぱり強くて優しい。

「……ありがとうございます。でも、大丈夫です」

 見た感じ、旅路の途中のようだ。そんな人の足を止めるわけにもいかない。こうして干し柿を恵んでくれただけで充分――その気持ちでありがたく申し出を断れば、男の人は眉を下げた後「……分かった」と引き下がる。そうして続く「でも、」という言葉。

「本当にどうしようもなくて、助けて欲しいって思った時は。ちゃんと“助けて”って言うんだよ?」
「……ありがとうございます」

 それじゃ俺、もうちょっと先目指してるから――。そう言って男の人は私の服に付いた汚れを優しく払い、最後まで心配そうな顔を浮かべたまま立ち去って行った。

 助けて欲しい――もしこの言葉を口にしたら。あの人――鶴見さんは、私を助けてくれるのだろうか。




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