奪うという救済

 ロシア兵のマキシム機関銃が雨のように降り注ぎ、辺り一帯大激戦と化す。私たちも必死に狙撃で援護するも、圧倒的に数で凌駕されてしまっている。撃たねば殺られる。撃たねば仲間を救えない。

 弾を込め再び狙いを定める。そうして放つ弾1発1発がロシア兵の命を奪う。一体どれだけの命をこの瞬間に奪っただろう――。撃つ度にその腕に乗るものが重たくなってゆく。……今日だけじゃない、ここに来てから私はどれだけの命を奪ったのだろうか。

「おいなまえ」
「ハァハァ……」
「おい」

 隣で尾形の声がする。それにも構わず銃を構え続けていれば、すぐ近くで爆発が起こった。いつもだったら素早く気付いて回避していたはずなのに。自分自身で己の感覚が鈍くなっていることが分かる。このままだと私は狙撃すらまともに出来なくなるんじゃないか――。そう思った途端、息苦しさが増した。……それじゃ私の居場所が――……。

「ッ!?」

 右腕が弾けたかと思った。それくらいの衝撃が走ったあと、じくじくとした熱が一点に集まりだす。慌てて見つめた先には、どくどくと滴る赤い血。その血と匂いを嗅いだ瞬間、意識が飛びそうなほどの痛みが体全体を支配した。
 右腕を抑えながらその場に倒れ込めば、異変を察知した周囲の人間が駆け寄って来た。応急処置をされている間、尾形は一切私のことを見ることはなくただただその視線を銃の先に見据えるだけだった。

 遠のく意識を必死に尾形に向けてみても、尾形は私のことなんてもう見えていないようだった。……戦友のような気持ちを抱いていたのは私だけだったのだろうか。……いいや違う。尾形の反応こそが狙撃手として正しい。仲間がやられた時、そのことに一切心を乱されない集中力を持っている人こそが狙撃手と呼ばれるに相応しい。

 だから、私が撃たれたくらいで尾形の心が揺らぐなんて有り得ない。私だって散々そうしてきたじゃないか。そう、頭では分かっている。だけど、どうしても確かめたいことがあった。

「尾形、」
「…………」

 必死の思いでどうにか尾形の名を呼べば、尾形は一瞬だけ私に視線を移す。そうして何か言葉をかけるでもなく再び戦場に戻る視線が、尾形の答えなのだと思い知る。……尾形の心を動かせるだなんて思ってたわけじゃない。ただ、痛くて堪らない右腕が“この痛みは尾形だ”と訴えてくるのだ。この痛みは尾形を感じさせる。

 ねぇ、尾形。もしかして、アンタが私を撃ったんじゃないの? そう訊きたくても、もう尾形との距離はどうしようもないほどに遠く離れてしまった。




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