白い羽

 勇作さんが戦死した。歩兵として共に戦地に立っていた人は、その死に涙を流し悲しんだ。もちろん私だって勇作さんが亡くなったことは悲しいし、寂しい。悔しいとも思う。……でも、それだけだ。

「尾形」
「……なんだ」

 弟の死を目の当たりにして、さすがの尾形も苦しいんじゃないかと気になった。名前を呼べば、尾形の顔も私を向く。そうしてその顔を見つめた時、私は思わず息を呑んでしまった。……他でもない弟の死だというのに、どうしてそんなにも無表情でいられるんだろう。ついこの前2人きりで話をしてたばかりじゃないか。鶴見中尉殿の言葉でようやく歩み寄る姿勢を見せたのだと、微笑ましささえ感じていたというのに。

「泣かねぇのか」
「え?」
「勇作殿と仲良かっただろ」
「……あぁ」

 疑問に思っていたことを尾形から問われたことで、私もその死に涙を流していないことを自覚する。思えば私は、仲間が戦死した時に1度でも涙を流しただろうか。その悲しみに浸り偲んだことはあっただろうか。以前子猫を抱いた時に抱いた気持ちは、最早遠い昔のように思える。

「そんな余裕ない」
「……ははッ」

 ここにはそんな余裕なんてない。仲間の死に悲しんでいたら、その隙に狙い殺されるのは私の方。仲間の死に怒り、我を忘れれば、それは弾の行方を惑わせる。私は狙撃手だ。狙いを定めその引き金を引く行為に、誰かの奮闘は関係ない。ひどい言葉でいえば“余計”だとすら思う。

「仲間が死んだから、それを弔う為にいつも以上の力を出そうなんて。私にそこまでの技術があるとは思えないし。だから、勇作さんが死んだってことに影響は受けたくない。……そうしないと仲間を救えない」
「……はッ。狙撃手として一端の誇りはあるようだな」

 聞く人が聞いたらなんて無慈悲な――と怒るだろう。それでも尾形はその言葉を聞いて、愉快そうに口角を引き上げる。「臆病なまでに慎重であることは、良いことだと思うぜ」と言いながら銃を空に向ける尾形。パァンと軽快な音を立てて放たれた弾は、空を優雅に飛んでいた鳥を撃ち落とし、ドサっと重たい音を地面に響かせた。

「コレ、やるよ」
「え? なんで」

 辺りに散った羽の1つを拾い上げ、それを私へと渡す。なんで急に――その思いを顔に出せば、「鶏をアメリカでは“チキン”と言うらしい」と撃ち落とした鳥の首を掴みながら尾形が言う。

「チキンってのは、“臆病者”を揶揄する言葉でもあるんだと」
「へぇ」
「だからその白い羽、なまえにやるよ」
「……え、ちょっと。それってどういう意味よ」

 尾形のことだから、嫌味の意味がこもっているに違いない。今しがた鶏の意味を私に伝えてきたうえで渡す白い羽。……嫌味しかないな。白い羽を見つめながら頬を膨らませていれば、「頭にでも掲げておけ」と分かり易い嫌味まで付け加えられた。

「……私からも臆病者の百之助くんに」
「俺は臆病じゃねぇ。慎重なだけだ」
「うーわ、ハラタツ」

 尾形の目の前で白い羽をチラつかせれば、それを2、3回視線で追った後バっと掴まれた。そうして奪い取られた羽は地面に叩きつけられてしまう。……やっぱり尾形は猫っぽい。

「さて。父上はどうかな」
「……? なんの話?」
「俺は慎重に事を運ぶだけだ」
「……は?」

 尾形とはそれなりの時間を共に過ごしたと思う。でもやっぱり、尾形が今何を考えているのかがよく分からない。それでも、尾形から貰ったこの白い羽はとても意味のあるものに思えて、中々捨てられなかった。この羽がまるで、尾形に“戦友”として認められた証のように思えたから。




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