交錯する平行線

 本来の白が見えていたのはいつまでだっただろうか。一体いつからこんなにも薄汚れてしまったのだろうか。……ここに来てから、私は何人の頭を撃ち抜いただろうか。

 これが、私の価値の作り出し方。これが、鶴見中尉殿から願われた行為。これが、鶴見中尉殿への恩返し。……ここが、私の居場所。

「どうしたなまえ。動きが鈍いぞ」
「……別に」

 観測手役を担う尾形が隣で舌打ちする。一瞬だけ双眼鏡から顔を離し「観測手の意味がねぇだろうが」と自身の役割を主張し、暗に不服であることを訴えてくる。その奥には“俺が撃つ”という意思表示も潜んでいるのだろう。

「次、10時の方向。150メートル程度ならなまえも撃てんだろ」
「さっきからちゃんと撃ってるでしょ」

 私たちは時折こうして2人1組で行動をする。狙撃手と観測手という組み合わせはあまり認知されておらず、“非効率”と怒られることもある。それでも今もこうしてこの2人1組が許されているのは、こうすることで確かな結果を残しているから。

「まぁ、他のヤツらよりかマシか」
「この観測手、うるさ過ぎる」

 撃つことに専念させてくれるものなんじゃないのか――。思わず舌打ちすれば、「良いから撃て」と命じてくる尾形。その言葉に再び心の中で舌打ちしながら引き金を引く。……あぁ、また当たってしまった。
 引き金を引くからには当たってしまう。弾を外すという概念が私と尾形にはない。だからこそ、私は鶴見中尉殿に拾われ駒として扱われているのだ。そうして誰かの命を奪う度、仲間を救ったのだという言い聞かせを自身に施す。……そうしないと私には居場所がないのだ。

「もしかしてロシア兵を殺すことに罪悪感でも抱いてんのか?」
「……当たり前でしょ」

 誰かの命を奪うことに、何も感じないなんて無理だ。名前も知らない相手を撃つ度、その人の人生を思ってしまう。命を奪う度、これが私の価値なのだと言いつつ胸を締め付ける。そうして蓄積させる思いは、決してなくなりはしない。

「……お前は親に愛されなかったらしいな?」
「……そうだよ。毎日蹴る殴るの嵐だった」
「おかしいな。俺となまえは同じハズなのに」

 戦況が膠着状態になったのか、周囲から音が消えた。その間で意識を互いへと向けじっと見つめ合う。確かに、尾形も私も親には恵まれなかったかもしれない。だけど、私は“愛情らしき”ものに触れ合ってきた。もしかして尾形は、それすらも感じ取れない人生だったのだろうか。そう思うと少し悲しくなって、尾形に向ける視線にそれが滲む。

「……なんだよ。結局俺がおかしいってことか?」

 頭を掻きながら呟く言葉には、ほんのりと困惑が感じ取れる。ねぇ尾形。……多分、多分だけどね――。

「人の命を奪うことに罪悪感を抱くかどうかに、親の愛有る無しは関係ないと思う」
「……どういう意味だ?」
「親に愛されなくても罪悪感はある。それは私が私自身だからこそ。もし尾形が人を殺すことに何も感じないのなら、それは“尾形自身”の気持ち」

 俺自身……私の言った言葉をなぞるようにして吐き出す尾形。そしてそのまま首を傾げ「それはつまり、俺と同じ人間も居るかもしれないってことか?」と問うてくる。……確かに、中には尾形と同じ考えを持つ人だって居るかもしれない。

「居ないとは言えないよね。人それぞれだから」
「……だよな」

 人それぞれだからこそ。尾形は決して独りなんかじゃない。少なくとも、私は尾形を否定したいとは思わない。どうか尾形に私の気持ちがうまく伝わりますように――。そう願った気持ちは、果たして尾形にどう伝わったのか。

「ははッ」

 尾形は短く笑った後「次俺が撃つ」と銃を構える。その顔が心なしか晴れやかな気がして、少しだけホッとする。……少しくらいは互いを理解し合えたと思っても良いのだろうか。




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