馬と猫

 狙撃手とはいっても、元は鳥を撃っていただけの人間に過ぎない。戦に出て生きた人間と戦おうとするのならば、それなりの技術を身に付ける必要がある。その為の訓練は毎日行われているし、正式な兵士でないとはいえ、ここに居るからには私もそれなりの規則に則るべきだとは思っている。

「また来たのかよ」
「来ちゃ悪い?」

 人間関係においては度外視することもあるけれども。隣で狙撃訓練をしていた男――尾形百之助は、どうも愛想がない。この前話した勇作さんと、本当に血縁関係があるのかと疑いたくなるくらい。それでも、蹴り上げてやろうかと思う程の怒りが湧かないのは、この男の持つ雰囲気のおかげだろうか。

「馬の世話でもしてろよ」
「尾形こそ。猫ちゃんと戯れてなよ」
「……じゃじゃ馬が」

 尾形は独りで居ることを選んでいるようにも見えるけど、周囲から弾かれているという表現も間違ってはいない。そしてそれは、“じゃじゃ馬”と揶揄される私も同じ。馬と猫。弾かれ者であるという部分に、人知れず共感を覚えてしまうのかもしれない。

「でもさ、私はまだ良いよ」
「あ?」
「いやほら。私は馬に例えられるだけのことしてるわけだし」

 最近では銃よりも足を持ち上げる回数のが多いかもしれない。そのことを暗に示せば、尾形は「ははッ」と不気味に口角を緩める。……まぁここで「そんなことはないさ」なんてお世辞を言うような男でないことは既に知っているけれども。手前勝手にもむっと頬を膨らませつつ、「尾形のはさ、どうしようもないじゃん」と言葉を空気と共に吐き出せば、尾形の顔も無表情なものへと移ろう。

「大体、山猫っていう隠喩自体がひどいと思う」
「くだらねぇ」
「いやだって! ……というか。出自がどうであれ、それは私たちにはどうしようも出来ない部分じゃん。私たちは親を選べないんだし。だからそういう部分で人を見下すってことが許せない」
「だからこそだろ」

 どれだけ会話をしていても、狙撃からブレることのなかった集中が、初めて尾形だけに向く。思わず手を止めた私とは違い、尾形は尚も意識を銃から逸らさず「血に高貴もクソもねぇだろ。そんなとこで判断するアホどもに熱くなる方がバカなんだよ」と言葉を吐き捨てる。……コイツほんっと。ほんっと、爽やかじゃないな。

「女だから、芸者の子供だから。そんな部分で人間に違いなんざあるか」
「……そうだね」
「俺は他の奴らとなんら変わんねぇはずだ」
「うん。……そうだよ」

 尾形の言葉に、いつものような飄々とした軽さがない。声色はなんの変化もないけれど、どこか答えを探しもがいているようにも聞こえたのは、決して気のせいなんかではないはず。尾形の心の真ん中には何が在るんだろう――。ふと気になってじっと尾形を見てみても、尾形の視線が私に移ることは決してない。
 もしかしたら、尾形の真ん中はぽっかりと大きな穴が空いていて、それを埋めようと必死なのかもしれない。尾形は、自身のその中を曝け出すことなんて絶対にしないのだろう。それでも、その中身を見せない尾形だからこそ。隣に居ると心なしか落ち着くような気がするのだ。

「つうか、なまえも俺のこと猫つってバカにしてんじゃねぇか」
「私は本当に尾形のこと猫っぽいって思ってるけど」
「あ? どこがだよ」
「……え」

 蝶を目線で追いかけたり、洗濯物の匂いを嗅いでは口を半開きにしたり、日当たりの良い場所を選んでは目を細めたり。……あなた、充分猫っぽいですよ? その気持ち全てを「ご自覚ない?」という言葉にこめれば、尾形は少し黙った後「カッ」と喉を鳴らしてみせた。

「ふはッ。猫じゃん」
「うるせぇじゃじゃ馬」

 尾形とは分かり合えるとは思えないけど、理解出来なくはない。……なんて、こんなこと尾形には決して言えないけど。




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