「エース……」
「よぉ、なまえ」
「海賊王になったの?」
「バーカ。海賊王になるのはオヤジだ」
じゃあ約束が違うじゃない。私は“海賊王を捕まえて立派な海兵になるのが夢だ”って言ったのに。そしたらエースたちは「じゃあなまえが捕まえる相手ってのは俺らってことだな」と笑っていた。だからあの日、兄弟盃を交わす3人には混ざらなかったのに。そうまでして貫いた覚悟を、こんな形で不意にされるなんて。
目の前で力なく目を伏せるエースを睨みつけ、両肩に手を置く。「エース」と名を呼び無理やり顔を上げさせると、エースの瞳がゆるりと私を捉える。……何やりきったって顔してんのよ。
「今ここで捕まったとして。白ひげやルフィがはいそうですかって受け入れると思ってんの?」
「…………。なまえに捕まんのに、逃げられると思うか?」
「…………にげて。おねがい」
小さな声で溢した海兵らしからぬ本音は、あろうことか目の前の海賊の耳に届けてしまった。それでもエースは動かない。ここで泣いてしまったら今までガープおじちゃんが必死に守ってくれた私の立場も危ぶまれてしまう。泣かないようにぎゅっと唇を噛み締め、もう1度エースの顔を見つめる。
「あとで絶対後悔する。死ぬのは今じゃないって、絶対思うに決まってる。だって……エースはまだ……っ!」
言葉と共に涙が視界を潤ませた瞬間。視界が完全にぼやけるより先に影が落ち真っ暗になった。脳が状況整理を行なっている間にその影は晴れ、再び現れるエースの顔。
「おかげで、死ぬまでにしておきたかったことの1つは今ここで出来た」
「……ばか……! ほんっとにバカ……!」
最後の最後になってキスなんてしないでよ。エースは海賊で、私は海兵だ。決して相容れない関係性なのに。忘れられないキスを残されて、これから私はどう生きていけば良いのか。死を覚悟した男を、私はたった今から……いや違う。もうずっと前からか。ずっと前から私だってその覚悟はしてきた。
「……本当に、良いの?」
「あァ。ティーチがお前を訪ねた時点で覚悟は決めてた。だから俺は逃げねェ」
「そういうとこ、昔のまんまだ。……世界政府直下“海軍本部”の名のもとに、白ひげ海賊団2番隊隊長“火拳のエース”を捕縛します」
「なまえ、ありがとう」
「この際だから言うけど。ずっと、ずっと好きだった」
「……そっか。嬉しいよ」
おれも好きだったとは言ってくれないんだ。あんなキスしたくせに。そんな思いで膨らませた頬を見てエースがふっと笑う。最後に、こうして話せて良かった。
エースがどんな生まれであれ、私はこれからも変わらずにエースのことを想って生きていく。その覚悟の後押しをさっきエースからもらった。
「ありがとう、エース」
「おう。ルフィのこと、よろしく頼む」
「任せて」
2人して不細工な角度で口角をあげて。どちらからともなく吹き出して今度こそ本当の笑みを見せ合って。震えそうになる口角を見せる前に「連行して」と部下に指示を出す。
ばいばい、エース。これからもずっと、ずっと。大好きだよ。