結婚詐欺は命懸け

 休日にすること。それはやはり買い物だ。鉄朗に運転してもらって大型スーパーに行って、これまた鉄朗にウエイトの大きい荷物を持ってもらって。そうして無事に買い物を終えて帰る我が家。
 帰るまでが遠足――とはよく言ったもので、買い物も収納するまでが買い物といえる。この行為は私にとって中々キツいラストスパートだ。トイレットペーパーや歯磨き粉は洗面所へ、調味料やらキッチン用品やらはひとまずキッチンカウンターにまとめて置いて……などと色々算段を立てながらもひとまず食材を冷蔵庫に入れ終わったら、そこで気力が尽きてしまった。今日はスーパーも混雑していたし、ちょっと一息吐きたい。とはいえ、ここで座ったら長期戦になることは分かっている。分かってはいる。

「はぁ」
「お疲れ」
「鉄朗も運転ありがとう」
「どういたしまして」

 ソファーに座って頭を背もたれに預けると、お米をパントリーに収納し終えた鉄朗から声をかけられた。返事をする私の声はだいぶ微睡んでいるので、きっと私はこのまま眠りに就いてしまうのだろう。土曜の午後3時。なんとも穏やかな日差しに、睡魔が呼び寄せられないわけがない。

「ごめん鉄朗。30分経ったら起こして」
「りょーかい」

 そこからの記憶は数分と持たず。次に目が覚めた時には、カーテンが夕日に照らされオレンジ色に翳っていた。ぱちりと瞼を瞬かせゆっくりと視界をクリアにすれば、テーブルでパソコンや資料と睨めっこをする鉄朗の姿が目に映った。そこから視線をキッチンに伸ばしてみると、眠る前にはあった調味料やラップなどのキッチン用品は全てなくなっていた。代わりに洗われた状態の直火式エスプレッソメーカーが水切りカゴに置かれているので、きっと鉄朗が淹れたのだろう。もう1度鉄朗が座るテーブルに視線を移すと、やっぱり鉄朗の手にはマグカップが握られていた。

「鉄朗って結婚詐欺師?」
「寝起き早々カマしますねぇ。なまえさん」

 コーヒー要る? と訊いてくる鉄朗に自分で淹れるからと断りキッチンに立つ。水切りカゴにあったエスプレッソメーカーを手に取り準備を行いながら「妻が寝てる間に買ってきた物全部片付けてくれてさ」と話を続けると「素敵な旦那様だろ?」とデスクワークを続けながら言葉を返す鉄朗。

「仕事もバリバリこなしてるし。だけど買い物にはちゃんと毎回付き合ってくれるし」
「100点満点だな」
「出来過ぎて怪しいのよ」
「出来過ぎるせいで詐欺を疑われるの理不尽だな」

 こんなウマい話、本当にあって良いのだろうか。鉄朗と過ごす毎日は、あまりにも平和過ぎる。鉄朗の仕事は決して楽じゃない。海外出張なんかザラにあるし、シーズン中はほぼ毎日残業している。だけど、仕事が忙しい中でも鉄朗は決して家庭を疎かにすることはない。見事に両立してみせる姿を見ていると、どうしても出来過ぎな話なんじゃないかと思ってしまうのだ。信頼しきったところでお金を根こそぎ持っていかれるとか。逆に高い壺を買わされるとか。鉄朗なら言葉巧みに売りつけてきそうだ。

「私にそんなお金ないからね?」
「なんの話だよ。つーか、俺なまえと籍入れてるよな?」
「うん。一緒に役所行ったね」
「そこまでして働く詐欺って、結構人生賭けてると思うんだよね」

 鉄朗の言葉に「確かに」と笑う。詐欺ならば、私1人に対してかける労力は結構なものだ。それこそ、鉄朗にとっても壮大な行為だといえるかもしれない。私1人の為に、鉄朗が数年の時をかけて手を尽くしてくれている。

「だとしたら私、結構良い詐欺に遭ってるのでは?」
「これからもその調子で騙されててください。俺の大事な大事な奥様」
「えっ寒」
「唐突な素」
「……でもさ。その場合、鉄朗にも対価が要るでしょ? 何をあげたら良いんだろうね?」
「なまえの人生を貰ってますよ。俺は」
「なるほど。確かに」

 そう言って納得すれば、そこでようやく鉄朗が「いやてか詐欺じゃねーし!」とツッコミを入れてきた。今更なツッコミに笑い声を上げると、そのタイミングで部屋をコーヒーの美味しそうな匂いが満たす。その匂いを嗅ぎながら私は、自分の人生も満たされていることを実感するのだった。
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