鶴見フレグランス

現パロ


「お前、鶴見部長に抱かれた?」
「ぐふっ、ゲホッ」

 出先から帰って来て早々。隣のデスクに座るコイツはなんてことをぶっこんできやがるんだ。ビックリし過ぎてコーヒーを口から吹き出しちゃったじゃないか。あー、せっかく印刷した書類、出し直しだ。

「宇佐美この野郎」
「いや僕のせいじゃないし。汚いなまえのせいでしょ」
「汚……私だって口からコーヒー溢したくなんてないわ」

 ぶぅぶぅと文句を言い合いながらデスクに散ったコーヒーの雫を拭きとる。その様子を頬杖ついて眺めながら「で。なんでお前から鶴見部長の匂いがすんの」と話の続きを促してくる宇佐美。私と鶴見部長が決してそういう関係ではないと知っているくせにあんな訊き方をしてくるんだ。やっぱり宇佐美のせいだと思う。むかつくので「雨に降られたから貸してくれたの。ハンカチ」という言葉と一緒にティッシュを宇佐美に投げつけてやる。

「あーだからか。てか、鶴見部長と同行してんだから天気予報くらい見ときなよ」
「見てたわ。見たうえでの通り雨だわ」
「それも予測してろって言ってんの」
「無茶言うなって言ってんの」

 再び始まった小競り合い。このままだと永遠に続きそうなので投げ返されたティッシュと共に大人しく引き下がる。そうしてティッシュをゴミ箱に捨て自身の机に向き直り書類の印刷にとりかかれば、宇佐美もようやく自身の仕事へと戻ってゆく。とはいえ、未だに「あーあ……僕が同行してたら傘を持って…………あぁ。相合傘なんて恐れ多い……」とかなんとかぶつぶつ言っていたけど。さすがに無視した。



「鶴見部長。お疲れ様です」
「みょうじくん。お疲れ様。さっきは同行してくれてありがとうね」
「いえ、こちらこそ……! ハンカチを貸していただいてありがとうございました」

 あの後すぐにもう1件行く場所があると言って出かけて行った鶴見部長。戻って来るなりハンカチのお礼を告げに行けば「出先でトイレ行こうと思ったけど、ハンカチをみょうじくんに貸していることを思い出してね。必死に我慢したよ」なんて軽口を返された。その言葉に笑いを返せるのは、その言葉が冗談だと分かるくらい鶴見部長の顔が穏やかだからだ。

「明日、洗ってお返ししますね」

 私がそう言うと、鶴見部長はふと何かを考える素振りを見せるのでその顔をまじまじと見つめる。そうすれば鶴見部長は「とすると私は、明日みょうじくんの匂いがするハンカチを持つことになるということか」と言葉を紡いでみせた。……私の匂いがするハンカチって……。なんというか……ちょっと照れる。

「い、嫌ですよね……すみません」
「いやいや。嬉しいよ」
「そ、そうですか……」

 相手が相手ならセクハラだ。だけど鶴見部長だとそうは思えず、別の意味で心拍数が急上昇してゆく。これが宇佐美だったら今アイツ昇天してるんだろうな。

「だからみょうじくん。今日1日私のハンカチをずっと持っていてくれたまえ」
「……はい?」
「それは私の匂いがするハンカチだから」
「はぁ……」
「みょうじくんから私の匂いがする。それも、とても嬉しいことじゃないか」
「……はぁ。…………はぇ?」

 咀嚼しきれなかった言葉を返す私をさらりと躱し「では私は和田本部長のもとへ行かないといけないから」と微笑み席を外す鶴見部長。…………待って、どういう意味? 全然分からない。

「ちょっと。なまえ、お前まだハンカチ持ってるだろ」
「持ってる……持ってるよ……鶴見部長の匂いがするハンカチ」
「はぁ? 何その言い方。ハラタツ。殺すぞ」

 とんでもない言葉が飛び出した気もするけど。申し訳ないけどそんな言葉以上に衝撃的な言葉をこっちは受け取っているんだ。それどころじゃない。少しでも理解することが出来ればと思ってハンカチを鼻に押し当てて吸ってみるけれど、理解は深まるどころか謎が深まってしまうだけだった。
BACK
- ナノ -