尾誕生日

 なんか、今日1日百之助の様子が変だなと思ってはいた。無言を貫くくせに妙に私の傍から離れなかったり、何か別のことに集中しているとジッと見つめる視線を感じたり。
 一体なんだろうと視線を百之助に投げ返してみても、百之助はそれには何も答えてくれない。自分の彼氏ながらまったく読めない男だ。

「そうだ。コンビニ行くけど、百之助も行く?」
「……あぁ」

 ダウンを羽織りフンッとソファに踏ん反りかえる百之助。ダウン羽織って準備完了、は分かるけど。別にそんな自慢げにされることじゃないし、コンビニ行くから早く立ってくれるかな。

「置いてくよ〜」

 玄関に先に向かうと後ろでのそのそと立ち上がる気配を感じる。何も言わない人だけど、そういう所が可愛いなぁと思ってしまうくらいには私は百之助のことが好きなようだ。



「うわ最悪。財布忘れた」
「……どうすんだよ。盗むか?」
「ばか言わないで。確かスマホの中に電子マネーが……」

 スマホを取り出していると百之助が自身の財布を押し付けてきた。その行動に「ごめん、帰ったら返すね」と言っても「良いから早く買って来い」という乱雑な言葉を返されるだけ。
 ひとまずもう1度礼を告げレジに向かい、その場で百之助の財布を開く。するとその中にカードが入っているのが目に入ったので、このコンビニのカードだろうかと取り出してみた。しかしそれはポイントカードではなく運転免許証で、そこに印字された数字を見た時、ようやく百之助の不可解な行動の理由が分かった。



「百之助、今日誕生日なの?」
「別に」
「別にって」

 今日誕生日か? と訊いた答えが「別に」って。せめて“はい”か“いいえ”にして欲しい。……まぁこの場合「そうだ」という意味の“別に”だろう。にしても。

「言ってくれたら良かったのに。なんにも準備出来てないよ」
「別に。良い」
「良くないよ。せっかくの誕生日なのに」
「こんなもん、毎年来るだろ」

 ふんっと鼻を鳴らし頭を撫でつける百之助。そんな風になんでもないって感じを装ってるけど、今日1日充分挙動不審だったけどな。

「なんにも渡せなくてごめんね。誕生日、おめでとう。来年はちゃんと祝わせてね」
「……ははっ」

 来年こそはちゃんと。その思いで手を絡めてみせると、百之助の顔が少しだけ綻んだ気がした。
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