アレキシサイミア


夢要素・名前変換なし。
特定の男士の話ではありません。
後味の悪い話です。閲覧ご注意ください。







 ある時、ある場所。あるひと振りの刀剣男士が顕現された。その男士は審神者から肉体と共に、敵対する時間遡行軍と戦うという使命を与えられた。
 刀剣男士が与えられたものがもう1つ。それは、何かをする時、何かをされた時に感じる気持ち。つまり、“感情”を与えられた。その感情というものがよく分からないと男士が口にすると、審神者は「これから共に過ごしていく中で分かりますよ」と柔らかく笑った。その笑みを見た時、男士は審神者の言葉の意味が早速分かったような気がした。

 それから審神者の言葉通り、男士は審神者とたくさんの時を共に過ごした。そうして過ごしてゆく中で男士は様々な感情を学んでいった。喜び、怒り、哀しみ、楽しさ。喜怒哀楽を実感し、そこに自身の存在意義を見つけた頃、男士にまた1つの感情が与えられた。

 それが喜怒哀楽のどこに属すのかが男士には分からなかった。分かることは、審神者を見つめているとその感情が湧いてくるということだけ。
 審神者が自分ではない別の何かにあの日見せたような笑みを向けるとおもしろくなかったし、逆に審神者が自身にあの笑みを見せてくれるといつまでも見つめ合っていたいと思った。そのどちらともが、色は違えど男士の心を熱くさせるものだった。果たしてこの感情はなんと呼ぶのか。男士は審神者に尋ねてみようと思った。

「……好き、です」

 ポッと頬を染めて自身の気持ちを口にする審神者。その周囲に居た男士たちはその言葉に歓声をあげはしゃいだ。男士は初めて耳にする“好き”という言葉にひどく狼狽え、そしてゆっくりと自身の感情について学んだ。
 なるほど、確かに。思い返してみると、審神者があの別の審神者に向ける笑みは自身が審神者に対して向ける笑みとよく似ていた。そうか、この気持ちは“好き”というものなのか。周囲の男士に詰められ白状するように自身の感情を吐露した審神者に対し、皆はとても嬉しそうに笑っていたが、その男士だけはうまく笑うことが出来なかった。

「……ど、どうしたんですか?」

 その日の夜。男士は審神者の部屋に押しかけ、そのまま審神者を押し倒した。組み敷かれ男士に見下ろされている審神者はひどく狼狽え、戸惑いの視線を男士に向けている。その目をじっと見つめ返す男士は“おもしろくない”と不満に思った。
 審神者から向けられる視線はいつだって柔らかく、こちらの心をほぐすようなものでないといけないのに。いつからか審神者の視線の先を別の人間が占領するようになっていた。その視線はずっと、自分のものだったはずなのに。どうして、一体、どうして――。

「い、や……や、めて……やだ、」

 いつまで経っても求める視線を与えてくれない審神者に苛立ち、どうしたら良いか分からなくなった男士は気が付けば審神者の首に両手を当てていた。そうしてゆっくりと力をこめてみると、審神者は苦しそうにもがき始めた。必死に涙を浮かべ「やめて」らしき言葉を吐き出す審神者に、男士はもどかしさを感じる。違う、それじゃない。自分が欲しいのはその視線じゃない。そんな感情じゃない。違う、違う、違う。

「違う!!!!」

 大きく声を張り上げ、ぐっと両手に力をこめる。すると審神者が突然人形のようになった。感情を失った審神者を見つめ、首に這わせていた手を頬に移動し審神者の顔をこちらに向かせる。じっとこちらを見つめる光の消えた瞳。……おかしい。明らかに審神者の様子がおかしい。どうやっても審神者からあの視線を与えてもらえないのだ。どうしていつまで経っても自身が望むものを与えてくれないのだろうか。一体いつから審神者はおかしくなってしまったのか。

 いつも分からないことがあれば審神者に問い、その答えによって男士は色んな感情を学んできた。審神者はこの男士に喜怒哀楽、そして“好き”という感情を与えた。それなのに、どうして審神者自身の感情は与えてくれないのか――。男士にはそれが分からず、未だに微動だにしない審神者に「どうして」と小さく問う。それでもやはり審神者は何も言わない。

 男士はまた、自身の中を渦巻くこの感情をなんと呼べば良いのかが分からなくなってしまった。
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